『バイリンガル聖書』を使って英語で聖書を読もう! 英語でも聖書を

小林高徳氏
小林高徳
東京基督教大学助教授・新約学

エレファントマン

  英訳聖書のことばが印象深く迫ってきたのは、映画「エレファントマン」の主人公が、象皮病を隠す顔覆いのなかで、詩篇二三篇を暗唱したときでした。

 THE Lord is my shepherd; I shall not want. (欽定訳)「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」

 見世物小屋で好奇と嫌悪の対象として歩んだ主人公の半生。彼の心の深みに根を下ろした信仰がほとばしり出た瞬間でした。

 心に訴えかける言語で、聖書を理解し、信仰を育み、祈り、礼拝できることは、この上ない恩恵です。日本語以外でもそれが可能な人が増えている折、待望久しい旧新両約の和英対照聖書が出版されるのは嬉しいことです。

英訳との対照で

 ある聖句がどうもピンと来ないとき、英訳を見るとなぜか納得するということがあります。特に、新約聖書の言語であるギリシャ語は、英語と同じインド・ヨーロッパ語族で、文法やことばの順序がよく似ているからでしょう。

 和訳ではわからなかった複数形に気づいたり、語順や文章の掛かり具合が見えてきたり。逆に、英訳でわからなかった意味合いが和訳では豊かに表現されていたりと、楽しみは拡がります。

 NIV(New International Version)は、北米の福音主義陣営による聖書翻訳の結実として高く評価され、広く用いられています。かつて、詩篇を翻訳された先生の授業を受けました。へブル語詩篇各篇の構造を詳細に分析され、その緻密さが、豊かな英語表現で翻訳に生かされています。それが新改訳との対比で味わえるのです。

 言語は変化します。その言語を固定化し標準化する働きが、翻訳聖書にはあります。その繰り返しから生まれた現代の訳は、生ける神のみことばとしての聖書に従って生きた教会の歴史を背負っています。

 二つの聖書を読みながら、それぞれの言語圏の教会の歴史を想うのも、醍醐味です。

グローバルな礼拝共同体のために

 和英対照聖書は、グローバルな時代の教会に必要です。世界言語の一つである英語聖書を介して、異文化圏のキリスト者との交わりが広がるのは、愉しいものです。

 英語を第一、第二言語とする人々も加わる礼拝では、教会の備え付け聖書としても重宝でしょう。また、留学や長期出張を通して英語圏で洗礼を受けて帰国する人々にとって、最初に親しんだ信仰と礼拝の言語の重要さは、ことさらです。彼らを阻む文化の壁を乗り越えるためにも、この聖書は有効でしょう。

 ペンテコステに生まれた教会は、多言語の教会でした(使徒二章)。多言語のなかで相互理解がはかられる礼拝共同体が形成されるために、対照訳聖書が用いられるでしょう。その意味で、日本に在住する人々の多様な母国語での翻訳と和訳の対照聖書も出版されることを期待します。