ブック・レビュー 『たいせつなきみ Classic』

たいせつなきみ Classic
矢吹 博
単立 行田カベナント教会 牧師

自分が「たいせつなきみ」であることを忘れたあなたへ

 初めに大判の絵本で日本に紹介された『たいせつなきみ』が『たいせつなきみClassic』として判型も小さくなって発刊された。

 表紙をめくるとpresented to: from: の文字。この本をどのように用いてほしいのかという、作者の思いが伝わってくる。小さな本だが、モノトーンの挿画と無駄を省いた文章は、文字数以上のメッセージを読む者に伝える。

 だれに贈ろうかと考えてみた。

 遠距離通勤をものともしないで永年勤めていた会社を、このままでは自分が危ないとして、やめたYさん。働き盛りの時に心と体のバランスを崩してしまったKさん。職場に張り付いてほとんど家に戻らないTさん。

 浮かんでくるのは、体も心もぼろぼろになるまで働かされ、要求に応えられなければ使い捨てられていく人たちの姿だ。先が見えないかのように思える「平成不況」の中で、一人の責任や能力が過重になるのに反して、個々の価値がかすんでしまっている時代に呑み込まれようとしている人に、読んでもらいたいと思った。

 何と言って贈ろうか。

 「これ、絵本なんですが……」いや、「絵本なんですが」ということば自体が、絵本をバカにしているようだ。「なかなかいい本ですから……」ちょっと押しつけがましい。勇気を出して、「どうぞ」の三文字で、誕生日などの記念日にさりげなく贈ろう。

 しかし、これは始まりに過ぎない。私たちを「たいせつなきみ」であると見ておられる、創造者である神を、そして、和解の福音を伝えることによって、この本を贈った意味が生まれるのだから。

 この本がきっかけとなって、自分が「たいせつなきみ」であることを忘れてしまっているすべての人々に福音が届くことを願う。そのために創造主がお用いになるのは、キリストを信じて、自らの価値を知った私たちである。