ブック・レビュー 『新約聖書よもやま話』

『新約聖書よもやま話』
水草修治
日本同盟基督教団・小海キリスト教会牧師

聖書の書かれた時代がよくわかり幅広い分野への入口となる一冊

 「このパピルスの茎を切断して開いたものを並べ、その上に、互いに垂直に交差するように重ねて並べます。これを圧縮して乾かし、表面を滑らかにしてできあがりです。(中略)書く道具としては、割り箸の先を尖らせたような代物が使用されました。インクは、煤とゴムとを水に溶かしたものが使用されていました」。薄暗い部屋、灯火の下でパピルス紙に向かう聖書記者の姿が目に浮かぶ。また、書き上げられた手紙が地中海世界各地に生まれたばかりの教会に運ばれ、集会で朗読され、さらに、丁寧に書写されて次の群れへと回覧されていく光景を思い描いて楽しくなる。本書を読めば、神は完成した聖書を天から降らせたのでなく、生身の人間の手を用いて記させ、広め、かつ結集させたことが手にとるようにわかり、そこから聖書解釈にもさまざまなヒントを得られるであろう。

 ただあえて欲を言えば、新約正典の成立時期について、もう少し具体的記述が欲しかった。著者は「正統的キリスト教会は正典の核となる書物について二世紀にはほぼ合意に達していました。ただし四世紀の末にならないと、新約聖書正典二十七巻は正式には確立しませんでした」と述べるが、これでは四世紀末の会議で排除した書が相当あったかのような誤解を与えるかもしれない。実際は一七○年頃のムラトリ断片の新約正典表と、今日の新約正典との異同は二、三にすぎず、四世紀末のカルタゴ会議はすでに教会で正典的に用いられていた文書をほぼ追認したにすぎない。この事実に触れて〈イエスは実はグノーシス主義者であり、カルタゴ会議がグノーシス文書を正典から排除した〉という現代のニューエイジ運動を撃ってほしかったというのは、評者の欲張りだろうか。

 とはいえ本書の内容は、本文研究、正典論、古代の読書習慣・家族関係、ユダヤ教とイエスの関係、ニューエイジ本『ダ・ヴィンチ・コード』『ユダの福音書』問題、ローマ帝国など多岐にわたり、それぞれの分野の興味深い入り口となっている。一読をお勧めしたい。