ミルトスの木かげで 第3回 息子のかんしゃく

中村佐知
米国シカゴ在住。心理学博士。翻訳家。単立パークビュー教会員。訳書に『ヤベツの祈り』(いのちのことば社)『境界線』(地引網出版)『ゲノムと聖書』(NTT出版)『心の刷新を求めて』(あめんどう)ほか。

二か月ほど前のことだが、ケンがかんしゃくを起こした。
そのとき私は、地下室で洗濯物を選り分けていた。白いもの、タオル、ジーンズ……。そこにケンがやってきて、ジョーイの家に行ってもいいかと尋ねた。ジョーイの家はちょっと遠いので、私が車で送ってやらないといけない。そこで私は、「今は忙しいからだめ。また今度ね」と言った。
洗濯機のスイッチを入れてから階上に戻ると、ケンがリビングのソファに突っ伏して、大声でわめくようにして泣いていた。大袈裟な、と思いつつ、「どうしたの?」と優しく尋ねても、「ウオー」としか言わない。ケンに触れようとすると、私の手を払いのける。
こういうことは滅多にない子なので、戸惑いつつ、「大声出すなら自分の部屋に行ってね」と言うと、ドスドスと足音をたてて二階に上がっていった。そして乱暴にドアを閉める音。彼のベッドはイケアで買ったメタル製のロフトベッドなのだが、どうやらそのベッドを揺さぶっているとおぼしき音も聞こえてきた。あまりの激しさに心配になり、部屋に行って話しかけてみたが、まったく取りつく島もない。ついに反抗期到来か?
「何か食べさせたら落ち着くかもしれない」
実はこの日のお昼、私はケンの苦手なクリームソースのスパゲティを作ってしまったので、彼はあまり食べなかったのだ。お腹がすいて、機嫌が悪くなったのかもしれない。きっとそうだ! そこで急いでレトルトのカレーを用意し、息子の部屋に持っていった。彼は見向きもしなかったが、とりあえず置いてきた。
五分ほどすると、再びバタンというドアの音。のぞきに行くと、一口だけ食べたカレーの皿が廊下の真ん中にちょこんと置いてあった。まぁ、強情な。でも皿を投げなかっただけマシか。これを投げられていたら悲惨だ。
その後、私は用事があり、荒れている息子を置いて出かけるのは心配だったが、上の娘に託して、祈りつつ外出した。
一時間ほどして帰宅すると、娘が、「ケンは友達が遊びに来て、公園に行ったよ」と言う。「あら、機嫌はどうだった?」「ふつうだった」
その後さらに一時間ほどすると、ケンは「ハロー!」と、何事もなかったかのようにニコニコと、でもちょっぴりきまり悪そうに帰ってきた。そして、「さっきのカレー、食べる」と言う。「ママのカレーほどは、美味しくないけどね!」などとお世辞まで言って。調子のいい奴だ。
ううむ、私も何事もなかったかのようにスルーすべきか、それとも話をすべきか。
ちょっと迷ってから、話をすることにした。
「さっきは、ジョーイの家に行けないと言われただけで、なんであんなに怒ったの?」
「(うつ向きながら)わかんない」
「誰でも、ときにははっきりした理由がなくても、むしゃくしゃすることがあるよね。ケンもそのうち思春期になれば、感情が不安定になりやすくなるだろうし、これからも、いらいらして爆発したくなるときがあるかもしれない。絶対にかんしゃく起こしちゃだめとは言わないけど、でも、次のことは約束してくれる? ?かんしゃくを起こすなら、自分の部屋に行く。?壁に頭を打ちつけるとか、自分を傷つけるようなことはしない。?大切な物を投げたり、壊したりしない。これは、ケンとケンの周りの人を守るためだよ。この三つを約束してくれるなら、お母さんはケンがかんしゃくを起こしても、叱らない。ほっておく。だって、こういうときは周りから何を言われても無駄だものね。自分で落ち着くしかないから」
息子は「思春期」という言葉に反応したのか、「うぇ?、ボク、そろそろ思春期なの? 変なの?。やだな?」とおどけてみせ、それから神妙な顔で、「わかった、約束するよ」と言った。
このときはこれで一件落着だったのだが、本当に興味深いことが起きたのは、この一か月後。私が一人で一時帰国し、二週間家を留守にしている間のことだった。
次女からこういうメールが入ったのだ。
「昨日、またケンがかんしゃくを起こしたんだけど、お母さんとの三つの約束を思い出してそれを守ったら、自然と落ち着いたんだって。ケンがママに伝えてって言ってたよ」
そうかぁ、この前の約束を思い出して、お母さんがいないときでも、自分で自分の感情を鎮めることができたのかぁ。ちょっと、いや、かなりうれしい。主に感謝!
息子の反抗期は、きっとこれから数年後が本番だろうが、そのときが来ても神様、あなたの憐れみによってこの親子をお守りください!