天国に行く前に寄っていきたい 現実は厳しくても笑っていける

 その「天国」は大阪堺市にあった。コテコテ関西弁の「天国」だ。そこには、16人のお年寄りが集まり、またそこから自宅にいる大勢のお年寄りに介護ヘルパーを派遣している。「神様がいれば大丈夫」と、突進する男主人、泰三さんと、その姿にややあきれながらもついていく妻、聖子さんは、とにかく神への信仰と、スタッフや家族の支え、そしてお年寄り自身に励まされながら「天国」を切り盛りしている。

 聖子さんは小さい頃から書くことが好きで、7年ほど前から、友人の紹介で文章教室に通い始めていた。そして、2001年に公募された第1回「ウーマンズ・ビート大賞」カネボウスペシャル21で、その作品「花、咲きまっか」が2610編の中から大賞に選出。なんと賞金、一千万円。介護事業所「シャローム」を始めた経緯、そこに集まるお年寄り、スタッフのこと、厳しい現実などを綴ったノンフィクションで、時代性にあった内容と、重くなりがちな話題を明るく、また状況や心情を力むことなく描写していることが評価されたようだ。

 「選ばれるだけの最低のラインはあったんだろうけど、まあ、神様がそこにもっていってくれたんやな」。泰三さんは、言う。

 多分に脚色がされてはいるが、今年三月にはドラマ化(室井滋主演)され、日本テレビ系列で放映、視聴率約20パーセントを得た。中央公論社からは、「ウーマンズ・ビート大賞」の入賞作品がまとめられた『花、咲きまっか』が発行。題材は同じでも信仰者としての側面を意識して書き下ろしたのが、今秋出版された『わが家のリビング介護天国』(フォレストブックス)だ。

「シャローム」設立

 「2000年スタートの介護保険と同時に、介護事業所を始めるんや」と宣言した泰三さん。反対しながらも、ヘルパー二級の聖子さんと、看護婦で妊婦の長女、介護福祉士の息子は父親の「日本一の介護事業」へのビジョンに協力する。

 「子どもたちもそれぞれ看護、福祉関係の資格をもっていて、自宅もデイサービスに使えた。神様がこの道に押し出してくださった」と泰三さんは、いっそう確信を深めた。

 事業を始めてみれば、クレーム処理に追われ、人を預かる仕事へのプレッシャーは重く、同居する母との不和もますます膨らむ。「天国」への夢はそれほど甘くはなかった。

 泰三さんは、「イエス・キリストを筆頭に進む会社がこの世の企業に負けるはずがない」と、どんなに周りが反対しようとも、お金がなくとも、信仰一本でこの三年間がんばってきた。そして、聖子さんもよくついてきた。

 「しょうがないのよ。この人が倒れたら、私も倒れるから。でも、夫は俺がネタを作ってやったから大賞をとれたって言うけど、ネタをいただいてまで書かなくてもよかったわ。しんどいもん」「夫についてきたというよりも、お年寄りの中にいると、自分でもお年寄りの役に立っているのが嬉しかったり、お年寄りから励ましを頂いたりしてやってこれた」と聖子さんは言う。

 お年寄りの介護のプランを立てて総合的に守っていくケア・マネージャーの資格をもつ泰三さんにとっては、経営者であることと、ケア・マネージャーであることを両立させることはつらいことだった。反対している家族の前では弱音も吐けず苦しい状況に立たされていた。サービス過多になれば、経営が成り立たなくなっていく。『介護天国』でも、経営者の泰三さんと介護の充実を願うスタッフの間で聖子さんが、はらはらどきどきしている様子が伝わってくる。泰三さんは「才覚ひとつで立ち上げて行かなきゃいかんから大変だ」と言いながらも、経営には自信がありそうだ。そして、「神様が知恵を与えて下さるんやな。ハハハ」と笑い飛ばす。