定年後の暮らしに備えがありますか 最終回 それではどのように語るのか

田口誠弘
熟年いきいき会 代表

著者・田口誠弘氏
42歳の時、社内紛争のあおりを受けて左遷・降格。挫折をきっかけに、社員教育、マネージメントの専門家の道を目指す。
バブル崩壊で大損したことがきっかけで1994年、55歳で受洗。現在、有料老人ホーム・コンサルタント、地域での「無料相談」コンサルタント兼カウンセラー。豊かな熟年ライフをサポートするグループ「熟年いきいき会」を立ち上げ、代表となる。
NPOふれあいアカデミー情報ネットワーク担当理事。
ホーリネス・池の上教会員。67歳。
 私は、五十五歳で受洗した熱心とはいえない未熟な信者のひとりにすぎません。貧しい環境で育ったためか、お金と自分だけが頼りという人生哲学を長い間信じて生きてきました。キリストを主として自分を明け渡すことは、大きな試練でした。今でもその点は不完全です。ですからかえって、ノンクリスチャンの気持ちがよくわかります。

 企業で働く多くの人には、“宗教は弱い人がするもの”とか、逆に“聖書やキリスト教は立派だが、それでは現実社会で生きてゆけない”といった考えが強くあります。では、そのような方々にどのように話せば、福音を伝えることができるのでしょうか。福音が現代社会の人々の悩める魂を救うとは、どういうことでしょうか。いきなり神の深い愛を語っても、ノンクリスチャンには違和感があるように感じます。ですから、むしろ力まないで日常的な出来事から語ることがいいのではないかと思います。次のようなアプローチはいかがでしょうか。
  1. 信仰を持つことによって、自然に人格、品性が変えられる。特に老年期の行きすぎた固執や心の醜さを抑え、愛に満ちたものに造り変えられる。
  2. 信仰を持つことによって、ストレスから解放され、健康になることができる。
  3. 信仰を持つことによって、自分の心の闇に光を注がれ、暗闇から光の中へと導かれる。
  4. 信仰を持つことによって、サーバント・リーダーシップが身につく。サーバント・リーダーシップとは、権力によらず、人柄や権威によって他人に影響を与える力や能力のことです。私は、サーバント・リーダーシップを身につけたおかげで、多くの方のお力添えをいただきながら、現在、地域活動のリーダーをしています。
  5. 「母の愛」から入ると神の愛は受け入れやすい。
  6. 私の友人は「聖霊の働き」を説明するときに、星野富弘美術館で詩画を見つめていると伝わってくる熱いメッセージや、言葉で表現できない感動から説明しています。

五十五歳で受洗し、中年クリスチャンに

 私の場合、次のようにノンクリスチャンに福音を伝えようとしています。

 豊かな老後は、豊かな老前(四十~六十歳)をすごすことによって創られると言われています。私には、この時期に命を投げ出したいほどの二つの大きな挫折がありました。その挫折が今日の私を育てる礎石になりました。そこから多くの知恵が与えられたことを感謝しています。驚いたことに、それらの知恵や気付きはすべて聖書の中に書かれてありました。

 私は、一九三八年(昭和一三年)七月、秋田県の農家の三男として誕生しました。育英会の奨学金で高校と大学を卒業し、就職しました。

 そんな私の第一の挫折体験は、就職して二十年目、四十二歳で左遷、降格、減給、そして大けがをしたことです。担ぎ込まれたところがひどい救急病院で、看護婦の妻の判断で手術の前日、自家用車で無理やり転院し、完全に回復しました。その後、社員教育の担当となり、現役引退後にむけて研修と講演、著述、マネジメントの専門家を目指すことができました。

 この第一の挫折は、とても厳しいものでしたが、この体験があったからこそ、今日の自分があると言えます。そこには人知を超えた神様の計画があり、神様はそれによって私を鍛えようとなさったのだと思います。大きな挫折を経験している時に、神様はその人の最も近い位置にいます。そして、この挫折に耐えて前進するために、神様は私たち夫婦を結びあわせたように感じます。

 ところが、その後、こりもせず第二の挫折を体験しました。金がすべてと思っていた私は、五十二歳でマンションに投資し、バブルの崩壊で破産状態になったのです。そしてそれが原因で、妻に足で蹴られて肋骨骨折。五十五歳で苦しまぎれに受洗しました。十二年かけて負債を処理し、同時に妻が受洗という恵みに授かりました。第一の挫折にも懲りず、神ではなくお金を求めた私に、神は再び試練をお与えになったのでしょう。この挫折をとおして、この世の富をすべて手に入れたとしても永遠の命を失えばすべてを失うこと、逆に、マザーテレサの生涯のように、天に投資(宝を積めば)すれば必ず報われることを学びました。

 また、人は自分の判断でいろんなことをしますが、神さまの思いにかなうことだけが成ることを経験しました。さらに、物事が成就するのに主の定めた時があること、神様は人が耐えられない患難は与えず、むしろ、乗り越える知恵を用意してくださることを知りました。私たちは大きな挫折を経験するとき、初めて他人の痛みを知り、そこから思いやりや愛が生まれることを実感したのです。

語ることばを得て

 このような経験から、次のように語るとノンクリスチャンが受け入れやすいように感じています。
  1. クリスチャンになってから、聞こえなかったものが聞こえ、見えなかったものが見えてきた。今まで損だと思うものが損ではないと考えるようになった。信仰によって私たちは神の声を聞く耳を持ち、神の働きを見る眼を持つことができます。
  2. 自分の心の中の暗闇が見えてきた。現代の暗い事件は人間の心の深い暗闇の中から出ています。信仰はその深い暗闇に光をあててくれます。
  3. 私たちが生まれてきた理由は何でしょうか。すべてを創造した神は、人間のひとりひとりに固有の能力を与えました。それは社会的な役割を分担し、愛し合って幸せな社会を創るためです。神様は明確な目的を持って、あなただけの特別な才能をお与えになったのです。神は、あなたがそれを使って人の役に立つことを望んでいます。
  4. 私たちは死後、天国か地獄かのどちらかに行きます。天国にはすでに私の人生の履歴書が完備しているので、天国に行けるかどうかは生きているうちに決まっています。クリスチャンには永遠の命が与えられているので、肉体の死は終わりを意味しないばかりか、むしろ永遠の始まりです。そのせいか、死に対してさえ恐れを感じることなく、むしろ希望を持つことができます。
  5. 神の存在を受け入れるとき、私たちは神様と縦の関係で結ばれます。人間同志では愛のある関係だけを期待することは至難ですが、神様は常に愛を送り続けています。神様は常に道であり、真理であり、命であると約束しておられますので無条件で、従うことができます。
 私は「あなたが輝くこれからの生き方」というテーマで講演をしています。どんな生き方かと問われたら、「神様と縦の関係で結ばれ、神の思いに叶う生き方を横の関係(家族・職場・社会)で実現すること」と答えています。


 今回で本連載は最終回になります。最後までお読みいただきありがとうございました。