往復メール kei Vol.4 マヘリア・ジャクソン

那須 敬
国際基督教大学 社会科学科助教授(西洋史) JECA 西堀キリスト福音教会会員

 僕のゴスペル原体験は、子どものころ父が好きでよくかけていたマヘリア・ジャクソンのレコードなんだ。『Newport 1958』と『In Concert』だったと思う。言葉を覚える前の僕はオムツをしたまま、ほっぺたまで覆う巨大なヘッドフォンをヘルメットみたいにかぶって、A面からB面、B面が終わるとまたA面と、いつまでも聞いていたらしいよ。改めて「これはすごい!」と思ったのは、大学生になってからだけどね。

 彼女のバンドはシンプルな構成だけど、すごくグルーヴィーだね。長年マヘリアとコンビを組んでいたピアニスト、ミルドレッド・フォールズの骨太な演奏には今もあこがれる。そしてマヘリアの声。なんと形容したらいいんだろうね、人生百年分の重みが解き放たれるような、ものすごいエネルギーと優しさを感じる。

 『Newport 1958』は同年に開かれたジャズ・フェスティバルでのライヴ録音。映画『真夏の夜のジャズ』であまりに有名。大人になって改めて見てみたら、これまたすごいジャズ映画なんだよね。モンク、オデイ、アームストロングと、スーパースターが目白押しで、だれが見ても興奮する。

 その大トリで現れるのがマヘリア。観客も朝から晩まで歌って踊って、とっぷり日が暮れた最後に、「皆さん、今日は日曜日です。世界で最も偉大なゴスペル・シンガー、マヘリア・ジャクソン女史を迎えましょう」とアナウンスが入る。日本のクリスチャンはここでもう涙。自信と希望に満ちた明るいアメリカをこのゴスペル歌手が代表しているように見えて、父の世代は慰められたんじゃないかと思う。

 でも、マヘリアがここまで有名にしたゴスペル音楽が、数百年前のアメリカの黒人奴隷やその子孫たちの苦悩の歌(スピリチュアル)から生まれたことも忘れちゃいけない。ニューポートの夏から半世紀が経って、明るさに乏しく感じられる現代だからこそ、マヘリアの音楽はますます輝きを増すのかもしれないね。