時代を見る目 180 現代ドイツ文学の世界から<3>
修道院で送る老後

松永美穂
日本同盟基督教団・徳丸町教会員/早稲田大学文学学術院教授

 昨年の夏、ドイツの女子修道院に泊まる機会があった。ニーダーザクセン州にある15の修道院が、広報のためにそれぞれ1人ずつ作家を招き、3週間無料で滞在してもらったのである。ドイツ在住の作家の多和田葉子さんがこのプロジェクトに参加され、わたしにも声をかけてくださった。わたしたちが泊まったヴァルスローデ修道院は1,000年の歴史を誇る重厚な石造りの建物。もともとカトリックだったものが、宗教改革後にプロテスタントになったのだという。ヴァルスローデはハノーヴァーに近く、町の人口は10,000人ほど。修道院は、季節にかかわらず毎日複数回のガイドツアーを行っている。かつてのリューネブルク侯爵領内に残る女子修道院を回るサイクリングコースもあるのだそうだ。修道院はまずは歴史的な観光スポットとして、町の経済に貢献しているらしい。

 修道院というのは若いときに出家した人々が、質素に暮らしながら神に仕えるところだと思っていたが、ヴァルスローデにいる9人の修道女は全員、世俗社会での生活を数十年間送ってから修道院に移ってきた人々だった。若い人はいない。修道院が提供してくれるのは住居だけで、各人が年金や貯金で生活している。食事も別々に自分の住居でとる。また、普段は一般の人と変わらない服装で、日曜日の礼拝のときだけ黒い修道服を身につける。修道女に課せられた義務は少なく、毎日のガイドツアーを交代で担当するだけ。勝手に長期間不在にすることはできないらしいが、外部との連絡は自由に取ることができるし、車を持っている人も多い。

 1980年まで、この修道院は貴族の女性しか受け入れなかった。宗教改革以降の修道女全員のリストを見たが、16世紀からの500年間でわずか115名。常に限られた人数しか受け入れてこなかったことがわかる。1970年代以降は50歳未満の入居者はまったくいない。社会の高齢化と相まって、修道院は老人ホーム化していくのである。ただ、わたしが知り合った修道女たちは、みな年齢よりも若く見えた。信仰が支えになっているだけでなく、1,000年の歴史に連なっているという自覚や、そうそう甘えの許されないコミュニティーのなかで、個として自立していかなければいけないという意識が、彼女たちに適度な緊張感を与えているように思われた。家族を離れてこのような宗教的コミュニティーを老後の生活の場に選んでいる女性たちを見、キリスト教的な「終の棲家」のあり方について、しみじみと関心をかき立てられた。