次世代伝道小説この秋、ついに登場!
『スタート・アゲイン』誕生秘話 ◆「壊したい世界」の中で……

著者インタビュー  石川ヨナさん
 1977年、神奈川県横浜市生まれ。
日本キリスト改革派横浜教会員

神奈川県横浜市にある小さなカフェ。居心地のいい店内では、地元の人たちがおしゃべりに夢中―。夫婦でこのカフェを経営している著者・石川ヨナさんは、その合間をぬってインタビューに答えてくれた。
ペンネームの〝ヨナ”は、「うまくいかないとすぐに死にたがる。逃げる人物だから」と語るように、小説『スタート・アゲイン』がつづられたきっかけを尋ねると、予想もしなかった答えが返ってきた。書き始めたのは今から十年以上も前、二十一歳のとき。
「最初は破壊と殺戮を書いていたんです。ひとりでずっと、世界がほろんでいくようすを書いていました。たぶん、この世界を壊したかった。だから想像の中で壊していたんです」

「なんだこの世界……」

今だから振り返れるんですが、とゆっくり言葉を探すヨナさんは、中学時代から精神的に病んでいたという。「おかしいと、はっきり意識したのは高校二年生のとき。事故で友達が亡くなったときです」。頭の中で声が聞こえる―。それは医者にも話せなかった。
彼女はクリスチャンホームに育ち、曽祖父からの四代目クリスチャンだという。だが、「教会にはものすごく反抗していました。クリスチャンが信じられませんでした。そこに真実があるとも思っていなかった」と語る。親ともうまくいっていなく、偽善者に見えて仕方がなかったという。兄弟たちも早くに家を出て行った。
「今は怒りもないし、きっと大人たちも一生懸命だったんだと思います」。だが当時は大人が誰一人ちゃんとしていないのを見て「なんだこの世界……」と強く感じていた。
洗礼を受けたのは、二十歳のときだというが、「ちゃんと信仰をもつようになったのは、クリスチャンの友達ができてからだと思います」。牧師の息子でさえ親に殴られたりするのか――。人に言えなかった過去、自分と同じような境遇のクリスチャンと出会い、これまで信じられなかった聖書の世界がリアルに感じられるようになった。
とはいえ、音楽の専門学校に通い、バンド活動に打ち込みながらも、日々「死んでもいいと思っていた」と語る。バンド仲間の家へよく集まったが、そこが逃げ場となっていた。「通院して薬を飲んでいたこともあって、そのころの記憶があまりないんですけど……」
精神病はひどくなり、ついに引きこもりになってしまう。暗い部屋でただ物語をつづっていた。世界を破壊するヴァルーガ、平和を求める少女ラフィア、それを突き放すように見るまなざし。「全部自分なんです。ラフィアもヴァルーガも、ナレーションの声も」
そんなとき、心配したクリスチャンの友達がヨナさんのもとを訪ねて来た。「仲間の中に牧師になる子が何人かいて、『そんなに暇なら勉強すれば』と誘ってくれました」そしてカルヴァン・改革派神学研究所で三年間の学びをスタートさせた。〝神学”を学んだことが、ヨナさんを大きく変える。

社会を壊している場合じゃない

「神学教義学を学びましたが、先生との出会いが大きかったです。おじいさんだったのですが、こんなにかっこいい老人がいるんだって」
初めて、尊敬できる大人と出会った。そして、救い主イエス・キリストについて、「私が壊れればいいと思っていた世界をこんなにも守った人がいる、守っている存在があると知りました。そのころ、小説のために核兵器のことを調べていたのですが、放射能には半減期(安全な物質へ変化する期間)があると知ったんです。破壊するものの中にも、大地が回復するプログラムが最初からあることにすごい衝撃を受けて〝造り主”は、やっぱり世界を愛しているということが分かったんです。どんなに人間が愚かでも、それを全部わかって、全部赦して、愛してくれる。こんなに大きな愛情がある。それを知ったときに、世界、壊してる場合じゃないなって(笑)。〝あ、私、これを伝えなきゃいけない”と思いました」。
壊したい社会が、変えたい社会に変わった―。
「文章も変わりました。なぜ書き続けていたのかは本当に不思議ですが〝造り主”の存在をだれかに伝えたいと願うようになりました。引きこもってるときも、一分一秒、生存していることを無駄にしているのが神様に申し訳なくて、人と自分の違いには何の意味があるんだろう、何をすればいいんだろうと考えていました。いちばんの近道は信仰をもつことだし、それ以外にないと思います。そのために何ができるのかを考えていました」
創作するというより、現実をうつすかのように書いた。「殺戮シーンもありますが、世界ではもっと恐ろしいこと、卑劣なことが起こっていると思います。人間が実際に何をしてるのか、目をそむけてほしくない。ラフィアは暴力はだめだよって言うけれど、やってみたらうまくいかない。そういうジレンマもリアルに描いたつもりです。平和な国で暴力はだめだって言うのは簡単だけど、きっとあなたもやるよって。戦争やテロなどの問題はもっと深いところにある、それは起こってしまうことで、起っていることだよと、伝えたかった」。読んだ人がそれぞれ答えを見つけてくれればいい。「物語の意図や理由を知りたがると思いますが、できごとにはいろんな見方があると思います。薄っぺらくも、深くも読めるものであればと願っています」
そんな執筆も終わりに近づいた二年前の十月、突然、兄の訃報が届いた。
「ラストシーン直前でとまってしまいました。でも、朦朧とした中で、書かなきゃという思いだけはあって……」。送った原稿を目にした編集者からは、三か月後に連絡がきた。

助けたい人たちがいる

小説という形になったのはお金がかからなかったことと、夏場にカフェがあまりに暇だったから、と笑う。
「それに、面白くないと最後まで読まないじゃないですか。自分が漫画とかファンタジーで育っているのでこれがいちばん伝わると思いました。登場人物のコトルは祖母がモデルです。〝こと”という名前だったんです。面白く読めて、最終的に大事なことが伝わればいいのかな。福音は、それで安っぽくなるような貧弱なものではないし、偽善と感じないもの、揺るぎのないものは聖書の中にある。その純粋なものだけを伝えられたらと思います」
この物語には、「有神論」―世界は神によって造られたというメッセージが込められている。そこから聖書へとつながっていけばいいと願う。
「友達に聖書を読んでもらいたいけれど、その前段階が必要だと思うんです。教会は好きです。でも今は、世の中と教会がかけ離れてしまっているので、この本が聖書の言葉をまくための準備になればいいと願っています」。また、牧師になった友達にも読んでもらいたい。「どれだけスケールの大きいことに遣わされているのかを知って、誇りを持って伝えていってほしいです」小説という伝道スタイルには驚く人もいるかもしれない。だが「正直、教会では伝道できないという思いがありました。それが苦しかったんです。伝えたい人に伝えられないし、連れて行く場所もない。たとえばマリファナを吸っている友達とかに、教会においでよって言っても難しくて……。家庭環境とかも今はぐちゃぐちゃだし、それが当たり前です。でも絶対に助けなきゃっていう人はいっぱいいるんです」
今のところ、次の小説を執筆する予定はないが、「自分の利益のために動くとうまくいかない。私の幸せをわかってくれているのは神様ですし、今回のことも神様に従ってきただけなので、どうなるかはわからないですが、遣わされる場にいきます」と答えてくれた。スタート・アゲイン―。「生きていたくない」と苦しんだ日々が今、神のために生きる人生へと変わった。
「本当に変わりましたね。母親とかは、感慨深いんじゃないでしょうか。なにかを書いているのには気づいていたでしょうし、喜んでくれると思います」。そう言って、ヨナさんは笑顔をみせた。