翻訳者の書斎から 1 原語のおもしろさを翻訳でも

田川 佐和子
Tagawa Sawako Mount Carmel Bible-Presbyterian Church /副牧師のご主人とともにシンガポールに在住/新生キリスト教会連合 町田クリスチャンセンター 会員

 「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」(マタイ28:19)
この大宣教命令は英語(NIV 新国際訳)では、”Therefore, go and make disciples of all nation.” となっています。これを原語ギリシャ語のニュアンスをできるだけ生かして訳すとどうなるでしょうか。 “go and make disciples…” ではなく、あるいは “go to make disciples…” でもなく、”go make disciples…” が一番ぴったりくる、とおっしゃった教授がいました。当時、アメリカ留学生活も 二年目に入ったころでしょうか。私の頭の中ではよりよく理解すべく、すぐに日本語への翻訳が始まりました。”go and make”=「行って、つくる」、 “go to make”=「つくるために行く」または「つくりに行く」、 “go make”=. . . 「行きつくる」? 英語を片っ端から日本語に訳して考えるのには限界があると思わされた数多くの出来事の一つです。

 私は「ことば」というものが好きです。『クリスチャン英会話ハンドブック』(本誌17ページ参照)の執筆のお話があったとき、果たして自分につとまるだろうかという不安があったにもかかわらず、喜んで引き受けたのも、神さまは、足りない私でも用いて下さることのできるお方だという確信に加えて、この「ことば好き」が働いたのだと思います。

 「ことば」にはその言語ならではの表現があり、他の言語への翻訳によって意味を伝えることはできても、元々の言語が持つ細かいニュアンスやその独特の面白さが失われてしまうことがあります。翻訳をしながら、最も難しく、そして最も面白いのは、いかにして意味を正確に伝えつつ、言語の面白さや味わいを残すことができるかと頭を悩ませるところでしょう。

 執筆にあたっては、様々な記事や文献を参考にしましたが、今回はその中で見つけた英語ならではの面白さを持った表現をいくつか紹介したいと思います。

 Happiness depends on happenings but joy depends on Jesus.

 「幸せは出来事によるが、喜びはイエスさまによる」となります。英語では、”happiness” と “happenings” の音が似ていて、”joy” と “Jesus” の音が似ています(どちらも J で始まっています)。二つの似ている音が組になって、前半と後半が対になっているところが、面白いところですが、日本語に訳すとこれをうまく伝えることができません。

 Those who wait on the Lord run without the weight of sin.

 これも音に関したものです。「主を待ち望む者たちは罪の力から逃れることができる」という意味ですが、同じ「ウェイト」という発音の”wait”(=「待つ」)と “weight”(=「重さ」「影響力」「苦しみ」)が語呂合わせになっています。

 Without the light of Jesus, we would be in the dark about God.

 ”in the dark about ~” =「~を知らずに」ですので、「イエスさまの光がなかったなら、私たちは神を知らずにいたことでしょう」となります。英語では”light”(=「光」「明るい」) と”dark”(=「やみ」「暗い」)が対照的になっているところがポイントです。日本語でも詳しい知識を持っていることを指して「~に明るい」という言い回しがあるので、これをうまく活用すれば、この文の面白さを日本語に訳すことができるかもしれません。

 Keep the faith, but not to yourself.

 これはどうでしょう。”keep”=「保つ」「続ける」ですので、”keep the faith” =「信仰を持ち続けなさい」はすぐに分かります。次の “but not to yourself ” ですが、この “to yourself” は文頭の “keep” と一緒に使って、”keep ~ to onesel”=「~を秘密にしておく」という意味になります。したがって「信仰を持ち続けなさい、ただし自分だけの秘密にしておかないように」と訳すことができるでしょう。英語では “keep” を違った意味で二度使うことによって、ひっかけ的な表現になっています。

 To make your life count, number your days.

 ”count”(=「カウントする」「数える」)と”number”(=「数」「数える」)という数に関する単語が使われていることに気がつきます。ではこの文はどういう意味でしょうか。 “count” には「数える」のほかに「重要である」という意味があります。また、 “number one’s day”=「(残りの命の)日を数える」ですので、「人生を意味のあるものにするには、自分に残された日を数えなさい」と訳すことができます。 “number”という動詞は、通常、受身の形で、”Your days are numbered.” =「余命いくばくもない」という意味で使われますが、クリスチャンの観点から考えると、”Teach us to number our days aright .” 「私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。」(詩篇90:12)が基にあって、「自分に残されている生涯を正しく生きる」という意味が込められていると考えることができます。