見えない戦争 揺れる平和
この国は、本当に平和なのか ■隣る人

菅原哲男
社会福祉法人「光の子どもの家」施設長

ドキュメンタリー映画「隣る人」が、今年五月に東京でロードショー公開され、八千人が見て、好評裡に逐次全国で公開されることになった。これは、刀川和也監督の児童養護施設「光の子どもの家」における、八年に及ぶ住み込み取材によって制作された。
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一九六〇年代半ば、私は生きることの意味を探しあぐねていた。
そんなとき、所属していた青山学院教会(当時)の礼拝で、野呂芳男牧師の〝善きサマリヤ人”をテキストにした熱い説教を浴びた。「あなたも行って同じようにしなさい」と。
それは私には、決定的な命令として聞こえ、生きる目的を青山学院物理学教室から、婦人保護施設へのかかわりへと方向転換したのだった。そして、婦人の問題は子どものそれであることを知らされ、荻窪教会の福島勲牧師に導かれて児童養護施設で働くようになるのである。社会福祉法人「光の子どもの家」は、一九八二年秋、日本キリスト教団東大宮教会にて、原田史郎・多恵子牧師の導きにより、当時、児童養護施設職員だった私と田中郁夫、竹花信恵が祈りを集め、決意を与えられて計画した。設立予定地域の反対運動など、思いがけない困難に見舞われながらも、一九八五年七月、理事長に福島勲牧師を招いて、定員三十名の認可を得て創設したのである。
今回、映画のタイトルになった「隣る人」とは、児童養護施設である「光の子どもの家」の養育に関わるキーワードである。語源は聖書、ルカの福音書十章。「私の隣り人とは、だれのことですか」の問いかけにイエス・キリストが答えた善きサマリヤ人のたとえに由来する。窮地に陥っている人を徹底的に受け止めてかかわり、いかなる不利益を受けても、危機に陥っても逃げないでかかわりを継続する意志を持ち、それを行う人を意味している。
これは、私が「光の子どもの家」で子どもやその家族とかかわる中で、子どもたち、またその家族が持つ負荷の膨大さ、それを担い切って問題を乗り越えようとするときに直面する見通しのない闘いの過程で絞り出てきたことばである。
創立以来四半世紀を超えたが、子どもたちの状況は窒息状態へと劣化し続けている。子どもたちは、全くの独りにされて施設にやってくる。子どもたちは、隣にいる人を認識できない。生まれて以来、人としてかかわりを経験していないことが多い。全くの独りでやってくる。だから、児童養護施設の子どもたちの多くは隣に人がいない。人がいることは覚知するが、その人と自らにある関係を認識できないか、できたとしても、自分に利益をもたらす者か否かにとどまるなど単調である。
そのような彼らが人になるには、彼らの隣に居続ける人が必要である。そのために大人たちは光の子どもの家に集まってきて、ともに暮らすのである。暮らしは〝ライフ”であり〝いのち”であるのだから、ぶつ切りにはしない。「光の子どもの家」では、交代勤務ではなく責任担当制をしいて現在に至っている。できる限り職場であることを排除し、朝も昼も夜も、丸ごと子どもを担当する。
そばに誰かがいるから自らを感じ、自らの存在を確認することができる。独りだった子どもの隣に居続けること、それが私たちの働きである。これからも試行錯誤しながら、子どものあるがままを受け止め、まっすぐ成長することができるよう、祈り求めていく。

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◆「赦し」が「平和」を築く

『火は早めに消さないと 』トルストイ 原作/柳川茂 文/小林豊 絵 1,575円
 自分が正しいなら、赦さなくていいのか―。「相手を赦さない」人生とは一体どんなものかを絵本で見る。

『憎み続ける苦しみから人生を取り戻した人々の物語』 ヨハン・クリストファー・アーノルド著/吉枝恵 訳1,575円
 憎んでも当然の被害を受けたときどう生きるのか。人々の選択に迫る。

『 赦しをもたらす5つの方法』
ゲーリー・チャップマン著/
ディフォーレスト千恵 訳 2,100円
 赦してもらうためには、どうすればいいのだろうか。5つの方法を学ぶ。

◆隣人が苦しむ現実を知る

子どもから大人まで、聖書がもっとわかるようになる!

『人は“命”だけでは生きられない』
佐々木炎著 1,260円
 妾の子として生まれ、存在を無視されて育った著者は、高齢者介護を通して「弱さ」の意味を知る―。

『もう、ひとりにさせない』
奥田知志著 1,365円
 「この豊かな国に、なんでこんなところがあるんですか!」その日から、ホームレス支援への歩みは始まった。

『あなたが死んだら私は悲しい』
碓井真史著 1,260円
「書けなくなっちゃいました。安易なことばは出せない……」自殺防止に携わる著者が伝えようとする想い。

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