I Love Music,I Love Jesus. のびやかな歌声と笑顔で神様を伝える

大和田広美さん

大和田広美さん

interview 2

 一歳九か月のときに視力を失った大和田広美さんは、高校生のときに洗礼を受けて以来、ピアノと歌で神様を伝えたいと願う。今年一月に出版された著書『アイ・ラブ・ミー』から伝わる大和田さんの気張らない姿に、ふっと肩の力を抜きたくなった方も多いのではないだろうか。

 「そうだといいのですが。でも、ありのままを受け入れられるようになったのは最近ですよ。人と関わることをとおして、自分というものが見えてきて。特に中高生と関わりはじめたことが大きな要因ですね」。

 正直に生きる若者たちの姿をとおして、「本当の自分」に大和田さんは気がつく。

 「それまで私は、自分が傷ついたり、怒ったり、憎んだりという感情はあってはいけないと思っていました。自分はクリスチャンなのだからって。でも、中高生たちの姿を通して、自分もそういう感情を持っていたことに気が付いたのです」。

 神様は自分の傷や弱さでさえも、大事にしてくれることに気がついたのだと言う。

 「いやな部分を神様のもとに持っていったとき、癒され、自分が変えられることを経験しました。頭が痛いのに、『これくらいは耐えなければばいけない』とやせ我慢していたけど、病院に行って、クスリを飲んだらちゃんと治ることに気がついた感覚です」。

 今では大勢の前でのびやかな歌声を奏でる大和田さんだが、クリスチャンになるまでは、「人前で歌を歌うのが泣くほどいやだった」というから驚きだ。

 「神様を信じたら、歌とは神様を誉め讃えるためのものだとわかり、歌うことの楽しさを感じるようになって、声も出るようになったんです。

 神様を信じたのは中学三年生のとき、学校の先生を通してです。それ以来、なんとかして神様を伝える方法はないかと思い、四歳のころから習っていたピアノを生かして、歌であかしをしようと思いました。学校で伝道するのは先生たちから反対されていましたので、こそこそ練習していました」。

 小学校から盲学校に通っていた大和田さんは、大学で、初めて健常者とともに机を並べ学ぶことになった。

 「思いのほか健常者の世界に飛び込むのは大変でした。今まで言わなくてもわかってもらえたことが、言わなくてはいけなくなった。同級生には、目の見えない人の不便さがわかりにくいんですね。逆に私も、目の見える人はどういう感覚で生きているのかわかっていなかった。お互いわかっていなかったのです。でもそのことで、相手にわかってもらいたい部分は言葉にすることと、自分が努力してクリアーしていかなければならない部分の区別をつける訓練になりました」。

 大学卒業後は、電話交換士として働く。その後、教会で中高生をサポートするため、教会の信徒訓練コースで学び、教会の事務員として働くようになった。そのころは、なかなか音楽のために時間をとれないジレンマを感じていた。

 「でもあるとき、『だれも働くことのできない夜が来ます』(ヨハネの福音書九章四節)というみことばが与えられ、音楽で神様をあかしできる昼の時代は、そう長くないかもしれないと感じたんです」。

 そして大和田さんは音楽を通して伝道する道を歩む決心をし、教会のミニストリーの一環として「大和田広美ミニストリー」が誕生する。

 「地域、日本全国そして若者への伝道というのが、このミニストリーの目的です。教会をはじめ、最近では、地域の小学校の人権教育としてコンサートをする機会もあります。子どもたち一人ひとりに、可能性があることや、すばらしい存在であることを音楽で伝えていきたいと思っています。また、神様に仕える人を育てたいと思うようになり、音楽活動の合間にチャーチスクールで教えたり、ユース礼拝の奉仕をしたりもしています。音楽と視覚障害という賜物を与えられた私の信仰生活や働く姿を通して、ユースの子たちがなにかを感じていってくれたらと思っています」。