書評Books 子どもに温かい視線を注ぎ続け て自立した人間に育てる

『“育つ”こと“育てる”こと
―子どもの心に寄りそって』
田中 哲 著
B6判 1,300 円+税
フォレストブックス

等々力教会善隣幼稚園 園長 井上直子

著者の田中哲先生は、昨夏、キリスト教保育連盟の研修会で、「子どもは育てたように育つわけではない」と、最初に語られました。それは、子育てに関わっている者はもちろん、かつて子どもだった私たち大人のすべてが、うなずけることだと思うのですが、「では、だれが、どのように、何をゴールにして育てればよいのか」という問題の前で、しばしば立ち止まってしまうのでした。この難問に対して、著者は、豊富な臨床における深い考察に裏づけられた、理論的で実際的な解決法を与えています。
それは、子どもが出会う大人全員が子どもに温かい視線を注ぎ続けることによって、子どもの成長のゴールである「大人」つまり、「自立した人間」に育てること、と本書にあります。そして、私たちがより実際的な行動を起こすための指針として示されているのが、心を形あるものとしてとらえることと、心が自分で立つために必要な骨組みです。
そもそも、私たちは、心を流動的でとらえどころのないもの、と感じるので、どのように子どもの心に寄りそえばよいのか分からなくなってしまうのではないでしょうか。しかし、著者は、心の育ちの骨組みを「社会性と対人行動」「自尊感情と自己受容」「自己統制による心理的な安定」の三本柱とし、成長の過程を「発達基盤」「幼児期」「学童期」「思春期」「青年期」「養育期」に分けて、明快に説明しています。ただし、完璧な骨組みを持った子どもは一人もいないわけで、そのありようが、その子どもの個性、その子らしさである、と著者は語ります。そのうえで、生きにくさ、育ちにくさ、あるいは育てにくさにつながりやすい発達障害についても、分かりやすく示しています。
子どもを育てるのは、個人ではなくコミュニティーなのだ、というところに立ち返ると、本来の、子どもの育ちを大切にする社会を作り直さなければ、心の問題は解決できないことに気づかされます。そして、その働きの核を、教会こそが担うことができる、という確信と使命を強くさせていただけるこの本は、私たちにとって、なくてはならない処方箋です。