特集 聖書を掘り下げる ―豊かな福音理解を求めて どの視点から聖書を読むのか

日本福音キリスト教会連合 東松山福音教会 牧師 岡山英雄

聖書は政治とは関係がない、信仰は魂の問題なのでキリスト者は政治的なことに関わるべきではない。そう言われます。はたしてそうでしょうか。聖書と政治とはどのような関係にあるのでしょうか。この本はそれらの疑問に答えます。
原題「The Bible in Politics(政治の中の聖書)」が、この書の内容を端的に表しています。聖書は特定の歴史的、政治的状況の中で語られています。それゆえそのメッセージを理解するためには、書かれた当時の状況を的確に理解する必要があります。そしてそれを現代に適用する場合にも、今の時代や社会をどう見るかという視点は欠かせません。すなわち私たちが今ここに神の国を実現するためには、どうしても社会的、政治的問題を避けることはできないのです。

この書は聖書解釈の原則を明らかにし、実例を挙げて丁寧に論じます。その原則とは、①キリストこそが、すべての問題の鍵であり、「聖書を統合する中心」です。その光の中で問題を考えます。②聖書全体が示している大きな流れ、その「方向性」が重要です。創造から旧約、新約、そして「万物の新しい創造」という「究極のゴール」を目指して、神の計画は進展していきます。③聖書がどのような状況で書かれたのか、その歴史的な背景を知り、最初の読者がそれをどのように理解したのかを、正確に知ります。④同じテーマを扱っている他の聖書箇所を調べて、聖書全体から問題を検討します。⑤現代の問題についての理解を深め、何がその核心なのかを最新の学問から学びます。

実例を見てみましょう。四章では虐げられている人々の嘆きについて詩篇から考えます。なぜ地上に苦しみがあるのか、正しい者がどうして苦しみを受けるのか、ダビデの苦しみの詩篇を引用し、南アフリカの人種差別や、アメリカの黒人差別などの例を挙げ、どの視点から聖書を読むのかと私たちに問いかけます。
六章では富と強欲について黙示録の大バビロンへの裁きから論じます。貧しく、弱く、小さなものを大切にするようにとの神の命令に聞かず、この世の快楽に溺れた者は裁かれます。現代のグローバル資本主義を批判するとともに、自己の欲望のままに生きることの罪深さが私たちの中にもあることを示します。(黙示録と現代の諸問題との関係について、筆者は、黙示録注解『恵みがすべてに』と『小羊の王国〔改訂版〕』(以上、いのちのことば社)において、より詳細な議論を試みました。)
八章はユダヤ人のホロコーストについてエステル記から論じます。神の摂理と人間の決断がどのように絡み合い、歴史の中でみこころが実現していくのかについて、興味深い分析が示されています。
九章は核兵器の脅威について、創世記の大洪水との関係から論じます。これは核分裂による原発にも当てはまり、まさに今、私たちが直面している問題の本質が明らかにされています。
ボウカム氏は歴史学者(専門は旧約偽典、ユダヤ教とキリスト教、初代教会史、黙示文学、新約外典)です。歴史の記述、その解釈についての深い思索がこの書の議論に反映されています。また聖書の釈義家(福音書、ヤコブの手紙、ペテロ・ユダの手紙、黙示録)、神学者(キリスト論、終末論、モルトマンの神学)でもあります。それゆえこのように視野の広い、緻密な議論が実現しました。(『人生を聖書と共に―リチャード・ボウカムの世界』〔新教出版社〕参照)。

「最終的な神の国の完成」へ向かう時代、またそれに抗う闇の力も強まるこの時代に、私たちは聖書の意味を正確に読み取り、希望を持ってキリストの証人としての使命を果たすようにと、この書は励まします。


『聖書と政治
―社会で福音をどう読むか』
リチャード・ボウカム 著、岡山英雄 訳
四六判 288頁
定価2,000円+税