リレー連載 牧師たちの信仰ノート 第六回「弱さの極みの中で」(ひとり、伝道師として)③

遠藤芳子(えんどう・よしこ)
1959年岐阜県生まれ。
お茶の水女子大学、聖書神学舎卒業。日本同盟基督教団 和泉福音教会伝道師。

主人の召天によって、牧師の妻という立場に終止符を打たれてしまった私は、自分の身の振り方について、非常に悩みました。「勇気をもって立て」という主人のことばに押し出されたとはいえ、現実を見れば、私も病の身、果たして何ができるというのだろうと、足のすくむ思いでした。しかし、教会の方々の愛に励まされ、二か月後には、新しい主任の牧師とともに、私も伝道師として立たせていただくことになりました。主がせよと言われるなら、その力も主が与えてくださるはずと、まさに文字どおり「神頼み」の心境でした。立って話をすることさえできなかった私は、主人が最後のころ使っていた同じ椅子を使って、座ったまま説教をしました。その初めての日、
「死も、いのちも、……そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ローマ8・38、39)
とのみことばを、畏れに震えながら語らせていただきました。神の愛を一筋も疑うことなく天国に行った主人の姿を思いつつ、語りたかったであろうことばを探りながら……。
しかし、神はさらに私を弱くされました。その初めての説教の翌月、私のからだに癌が見つかり、すぐに手術、放射線治療となりました。ようやくそれが終わってほっとする間もなく、今度は娘の背骨に腫瘍が見つかり、何リットルも輸血する大手術となりました。主人が召されて一年も経たないうちに、次々に家族の入院、手術が続き、小学生だった息子が「今度はぼくかな……」と言うほどでした。そのころのことは、どこをどう辿ってきたのかわからないほど無我夢中でした。また、数年後には私の癌が再発し、その術後は体力の衰えとともに一切の気力も萎えてしまい、精神的に最もつらい時を過ごしました。

神は、私の大切にしていたものを次々に取り去られました。思い描いていたすべてのことが変わってしまいました。しかし、その弱さの極みで知らされたのは、変わることのない主の愛でした。何が変わろうと、主の愛と誠実は、変わることはありませんでした。徹底的な弱さの中で凍りついていた私を、主はゆっくりと暖めてくださいました。
弱いながらも、教会の奉仕が継続して与えられていたことも、私を支えました。どんなに落ち込んでいても、説教の奉仕の日は巡ってきます。みことばとの必死の格闘でした。その中で、神のみことばだけが、私を本当に生かすものであることを、深く味わわせていただきました。講壇は、その戦いの証しの場となりました。

その中で、不思議なことですが、神は車椅子が必要だった私を歩けるようにしてくださいました。説教も、立って話せるようになりました。治るはずのない病気なのに、想像もしなかった神の恵みです。神の限りない憐れみです。
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」(Ⅱコリント12・9)
神が、私を徹底的に無力にされたのは、私の弱さをとおしてご自分の力を現そうとされたからなのでしょう。今、私が不思議にも生かされているのは、この主の愛と真実の力を証しするためだと思わされています。
主人が召されて十年以上経って、ようやく気づくようになりました。私はずっと、主人が取り去られたと感じていましたが、そうではなくて、神は私に、主人と二十二年間ともに生きる恵みを与えてくださったのだ、と……。思えばそれは、本当に大きな恵みでした。また、告別式の日にした、二人の子どもが成人するまで生かしてくださいとの、弱い母の祈りまで、主は聞き届けてくださいました。今、成人した子どもたちと三人で主の前に生かされる恵みを、ひしひしと感じています。

このような恵みの主に、これ以上望むものはありませんが、ひとつだけ願うことが許されるとすれば、天のみくにに辿り着くその日まで、私の弱さゆえに主の御名を汚すことなく、精いっぱいの愛を主にお返しできますように、と祈ります。どこまで許されるかわかりません。でも最後の一日まで、主人のように、神の愛と真実を証しし続けたい……それが今の私の願いです。
一切のことを愛の摂理のうちに導かれる主なる神が、ほめたたえられますように。