特集『ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合自伝』

著者 久米小百合さん インタビュー

音楽伝道者として活躍を続ける久米小百合さん。名曲「異邦人」のシンガーソングライターとして一躍時の人となった一九七九年から四十年。還暦の節目を迎え、今年自伝を出版した。執筆への思いを聞いた。

【プロフィール】
1958年、東京都生まれ。1979?84年、久保田早紀として音楽活動。デビューシングル「異邦人」(作詞・作曲:久保田早紀)は140万枚を売り上げ、今も不朽の名曲として音楽ファンに愛されている。81年、キリスト教の洗礼を受ける。84年、音楽家・久米大作氏との結婚を機に芸能界を引退。以後、音楽伝道者として本名の久米小百合の名で活動。教会音楽家養成学校ワーシップ・ジャパン講師。また、カルチャースクールで聖書講座を担当。2007年から3年間、日本聖書協会の親善大使。

──自伝の出版おめでとうございます。「異邦人」発売四十年の記念出版とのことですが、自伝を書くことは勇気のいることです。執筆を後押ししたものは何だったのでしょう。

一つは息子が二十歳を越えて、子育ても一段落して私自身の中で一つ区切りを迎えたことがありました。もう一つは、母を天に見送ったことが大きかったと思います。私は一人っ子なので、自分自身のファミリーヒストリーというものを形に残して、息子や親類たちに伝えておきたいという気持ちがありました。今回、自伝を出版する機会をいただいたとき、ためらうことはありませんでした。

──過去と向き合い記憶の掘り起こしをすることは、いろいろな意味で大変な作業だったと思います。執筆で苦労されたことはありますか。

とにかく正直に、等身大で書くようにと努めました。ついつい、いい人みたいに都合よく書きたくなっちゃうんです(笑)。でも、それをやったらダメだと肝に銘じまして。あのとき、本当はどう思っていたんだっけ、こう書きたいけど、いや本心はこうだったな、とか。とにかく正直にありのままを、と。

──時代の空気感まで伝わってくるようなエピソードが満載で、当時の音楽が流れてくるようだったという感想も読者から届いています。子ども時代からの記憶を克明に記憶しておられることにも驚きました。

もともと記憶力は悪くないほうなんですが、カメラ好きの父の写真のおかげかもしれません。本にも出てきますが、記者の経験のある父は記録魔で、どこに行くにもカメラ持参でした。そのマニアぶりは家族が辟易するほど。でも、アルバムに記録された膨大な写真を見るたびに、私の記憶に焼きついていったのかもしれません。
実は私自身も書きながら、無性に懐かしくなって仕方ありませんでした。蓋が開いたようにわ?っと過去が甦ってくるような感覚とでも言うのでしょうか。中学生のときに食べた厚焼きトーストとか、聞いていた曲とか、短大生時代にほおばったBLTサンドの味とか……。私は食いしん坊なので、食べ物の記憶からいろいろなことを思い出すことが多かったですね。

──自伝に掲載されている家族写真は素敵で、本書の魅力の一つではないでしょうか。あどけない笑顔を見せていた幼い小百合さんが、ローティーンからシニカルな雰囲気になってくる感じなど、家族の風景が伝わってくるようです。

小学校高学年の頃は、写真に撮られるのがいやでした。不機嫌な顔してます(笑)。本に載っている短大生の頃の一枚はやっと見つけたもので、この頃にはあまり父に撮ってもらうこともなくなってしまって。

──高齢出産の体験談や子育ての悩みなども正直に書いておられて、励まされるママ読者たちも多いのでは?

そういうふうに読んでいただけるとうれしいです。まだまだ現在進行形なんです。二十年も母親をしていると、いろいろなことがあるわけです。その中の思い出は、苦労話も含めてそろそろ書いてもいのかなあと。わが子はすばらしい信仰生活を送っているとか、そんなふうに書けたらいいのでしょうけれど(笑)、私の話は残念ながらそうではありません。書いて得なことなどないのかもしれませんが、もしかしたら、「うちも同じなの!」っていう気持ちで読んでくださる方がいるかもしれない、と。

──さて、タイトルの『ふたりの異邦人』というのは意味深ですね。

久保田早紀と久米小百合という「ふたりの異邦人」の心の旅という意味が込められています。昨年、NHK・Eテレの番組「あしたも晴れ! 人生レシピ」に出させていただいた中でも話したことなのですが、芸能界にいた頃に感じていた違和感は、実はキリスト教の世界にいても別の形でありました。いつも行き先を探している「異邦人感覚」というのは、天の故郷に帰るまで旅人のように続くのかなぁと感じています。もちろん、イエスさまが共におられるので、孤独な旅ではありませんが。

──講演ではよく「どうしてクリスチャンになったのですか?」という質問を受けるそうですね。

はい。今は「本に書いてありますから、買ってくださいね」なんて宣伝しちゃってます(笑)。そのあたりのことは、ちゃんと伝えておきたいとずっと願っていたことです。芸能界を引退しようと思った理由や、どんな気持ちで教会に通うようになったのか、そこで出会った賛美の奥深さとか、音楽を神さまのために奏でるということはどういうことなのか、とか。一言では語りきれない機微を伝えられたら。読者の方はもちろん、友人や家族にも言葉でちゃんと残しておきたいことでした。

──自伝には「旅」のエピソードがたくさん出てきます。「異邦人」の歌詞も車窓の景色から生まれ、旅心によって練られたものだったのですね。

まだ見ぬ世界への強い憧れというものが曲にも生かされていたのかもしれません。旅心が芽生えたのは、父の影響だと思います。海外出張に行く父を初めて羽田に見送ったとき、あの先に何があるのかと強く思いました。嵐の日だったことを今も鮮明に覚えています。父を案ずる不安な気持ちと、嵐の向こう、空の向こうには何があるのだろうという気持ちと。帰国した父に見せてもらった写真の中には、見たこともないような世界が広がっていました。外国というより異界、まだ見ぬ未知の世界へ、いつか自分も飛んで行きたいと。

──旅によって歌が生まれ、自身の音楽のルーツを求めて教会の門をたたいたのも、ブルガリアへの一人旅がきっかけでしたね。音楽とは「ギフト」という言葉が印象的でした。

芸能界の中で自分の音楽を見失いそうになっていたとき、幼い頃に教会学校で聞いた賛美歌が自分の音楽の原点なんだと思い出しました。そのあたりのエピソードは自伝に詳しく書かせていただきましたが、売れる売れない、巧い下手、そういうものをはるかに超越した賛美の世界に心を激しく揺さぶられたのです。

──自伝を読んだ読者から、「神さまは決して人を一人になさらない」と感じたとか、神の導きの不思議を自分自身の人生の中にも見つけた思いがした、という感想が届いています。

うれしいです。本当にそうだと思います。人生を振り返ることは、恵みに気づくことなのかもしれません。そのときは気に留めずに通り過ぎてしまっても、今思い起こすとそこにはとてもいとおしい時間があったりします。真面目で一生懸命やっていた真摯な時間があったなとか、素敵な仲間がいたな、とか。そんなことを、皆様にも思い出してほしいと願っています。
講演やコンサートでもお話しするのですが、「セレブ」って私たち一人ひとりのことなんです。聖書は人を「ベリー・インポータント・パーソン=VIP」(とても重要な人)だと語ります(「わたしの目には、あなたは高価で尊い」〔イザヤ43・4〕)。つまり、みんな「セレブ」なんですね。雑誌のグラビアで見るようなキラキラした人生にはため息が出たりしますけれど、人の目には平凡で目立たなくても、神さまの目には特別な人生を歩んでいるんですね。

──久米さんは、今年還暦を迎えられました。人生百年時代と言われますが、これから、どのように年を重ねていかれたいですか。

大きなことは考えず、淡々と気負わずに今やっていることを続けられたら、それが一番贅沢だと思っています。毎日が変わり映えのない同じような日のようでも、昨日の自分は今日はもういません。今日があって、新しい明日が来るということは奇跡です。人の齢は神さまが決めておられると思いますが、生かされる限り一日一日丁寧に歩んでいけたら感謝なことです。

──本の最後には、「旅の相棒」として、夫の久米大作さんがすばらしいあとがきを書いておられます。読者から「ここに愛がある。最後のあとがきにたどりついて(涙)」というコメントがありました。

家族勢ぞろいな感じで恐縮です(笑)。ありがとうございます。

久保田早紀 * 久米小百合
自伝 ふたりの異邦人
久米小百合 著
名曲「異邦人」の伝説の歌姫・久保田早紀。芸能界を引退後、キリスト教の伝道者となり久米小百合として活動する著者が、「異邦人」発売40周年の節目に音楽と人生について語る。
四六判 240+カラー口絵8頁 定価1,800円+税