特集 いま、「キリスト教漫画」が熱い! 僕はマンガが好きだ。

日本基督教団・勝田教会 牧師  鈴木 光

物心ついて最初にハマったマンガは、『ドラえもん』(藤子・F・不二雄、小学館)だったと思う。僕が五歳から習い始めたピアノの先生宅には『ドラえもん』の単行本があった。通うたび、一刻も早くレッスンを終わらせてマンガを読むのが何よりの楽しみだった。特にそこで読んだ長編シリーズの『ドラえもん』では、普段はダメ人間の「のび太」が勇気を出して困難に立ち向かっていく姿が描かれていた。ひ弱で心配性だった僕は、彼の冒険に憧れたり、「自分ならこうする」と想像したりして励まされていた。
小学校高学年になってクラブ活動が始まった頃は断然『SLAM DUNK』(井上雄彦、集英社)に影響を受けた。主人公たちスタープレーヤーも魅力的だったが、地味な練習を積み重ねて勝負どころで花を咲かせる脇役たちに自分を重ねた。人にはそれぞれの輝き方があることを教えてくれたのはマンガだった。マンガのキャラクターたちは人生を一緒に歩いてくれた。
大学受験の頃に新刊を一番楽しみにしていたのは、連載が始まって一年くらいの『ONE PIECE』(尾田栄一郎、集英社)だった。僕はその単行本を持参して、本命の大学の受験会場に臨んだ。そして、休憩時間になるたび取り出しては読んでいた。マンガを読む余裕ある姿を周りに見せつけて競争相手にプレッシャーを与えつつ、何より僕自身の挑戦心に火をつけるためだ。
結果、僕は無事に大学に合格した。そう、マンガを読むと受験に合格する……という話ではなく、マンガは時に心躍らせるエンターテイメントとして、時に魂震わすアートとして、人の心にさまざまな影響を与えてくれるものだ。
年齢の影響もあって、二十歳前後になってくると、青年向けマンガが好きになる。
拙著『「バカな平和主義者」と独りよがりな正義の味方』(いのちのことば社、二〇一六年)の中でも、いくつかのマンガに触れさせてもらった。特に大好きだった二作品、『エリア88』(新谷かおる、スコラ)と『ヴィンランド・サガ』(幸村誠、講談社)からは引用の許可も得られ、数コマを使わせてもらえたことは、本当に嬉しかった。
強いメッセージをもったそれらのマンガでは、登場人物の言動を通して、作者の考え方や伝えたいことが強く響いてくる。それに触れると読者である自分自身の中にも共感や反感、さまざまな思いが生まれてくる。それが、いわば思想的な対話の始まりになる。自分の内面に大切な問いかけが与えられ、信仰者である自分の答えを練られる非常に良い機会となるのだ。
本当はまだまだ人生を彩ってくれたマンガを紹介したいのだが、とても書ききれないのが悔しい。
さて、そんな僕が牧師として仕えている教会では、マンガを自然と至るところで目にする。教会案内のチラシも、今年度からマンガ化した。教会員のご家族にマンガ家の方がいたので制作依頼したところ、快く引き受けてくださったのだ(次頁参照)。マンガになって、若い世代や特に子どもに見てもらえるようになったのが嬉しい。
また、教会のロビーには、いのちのことば社をはじめ、各キリスト教系出版社から出ているマンガが多数置かれている。中学生男子たちは手持ち無沙汰になると、その内のどれかを手に取って読んでいる。意外とシンプルに、マンガ聖書が一番人気。良いことだ。僕の小学一年生の娘は、先日買った『おいでよ、あゆみ野へ』(あんざいえみ、いのちのことば社)を気に入ったらしく、この原稿を書いているたった今、目の前でゲラゲラ笑いながら読んでいる。やらせではなくホントだ。
僕自身も最近いのちのことば社から出版された『喫茶ホーリー』(かめおかあきこ)と『すてきな毎日』(長谷部愛美)をちょうど読み終わったところで、これから教会ロビーに置く用に一冊ずつ買い増そうと思っている。雰囲気もタッチも違う二冊だが、いずれも本屋さんと喫茶店という一般的な空間で、クリスチャンが信仰をもって生きていく姿が自然な形で描かれている。
うちの娘のようなとても若い世代から、少なくとも僕の世代に至るまで、マンガが生活の中に溶け込んでいる人は多い。だからこそ、信仰をもって生きる姿が当たり前のように描かれているマンガを読むと、それだけで励ましになるのだ。
最後に、未来に向けてクリスチャンのマンガ家がさらに増えてほしい。中には世の人々にまで影響を与える、いわばマンガ界の三浦綾子さんのような人も現れるだろう。若い世代のクリスチャンで、伝えたいものとマンガを描く賜物を与えられた人たちもいると思う。出版社からでも、あるいは飛躍的に増えたネットからでも、その人たちの作品が出てきてほしい。誰より僕が読みたいと思っている。