「がん哲学」で心に処方箋
―教会にがん哲学外来・カフェを! 最終回 できる人から始めよう
樋野興夫
順天堂大学医学部
病理・腫瘍学 教授
「がん哲学」と聞いたとき、どういう印象でしたか。この連載を始めるときに私が願ったことは、全国七千の教会で「がん哲学外来・カフェ」が始まることです。そうすれば、一万五、六千人当たりに一拠点あることとなり、日本の全人口をほぼカバーすることができるからです。
かつては宣教師による英会話教室が行われ、教会に多くの人が集まった時代もありました。国民の二人に一人ががんといわれる今、二十一世紀は「がん哲学」だと思うのです。
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「がん哲学外来・カフェ」は定期的に行うことが大切です。月一回、参加者は一人、二人でも十分です。多くの人が集まることよりも、病気や死について苦しんだとき、その思いを話せる場所が「存在」するということ自体が大切です。すでに教会の中に、病気の方や手術をした方、そのご家族などがいらっしゃると思います。その人たちが語り合う場があったらどんなによいかと思いませんか。まずは教会で「がん哲学」の講演会を行うことを検討してみてください。よいと思ったことはすぐにやる〝速効性と英断〟によって、私も全国どこにでも行きたいと思います。講演会の日程が決まれば、ちらしや教会ホームページなどで効果的に宣伝してください。「がん哲学」が何かわからない人もいるでしょうが、それでいいのです。何となく「がん」についての集まりだと伝われば十分です。講演後には「がん哲学外来・カフェ」を行いましょう。カフェはもちろん、がん哲学外来・個人面談も無料です。料金を取るわけではないからこそ、本気で相手に言えることばがあると思っています。がん患者さん本人が悩んでいる場合もあれば、家族が悩んでいる場合もあります。こんな相談がありました。がんになった夫のために、妻が栄養のある料理を作ってくれるのですが、夫は胃がんだったため、それは「おせっかい」だったのです。ですがそれを妻に言うことができませんでした。それを聞いた私は、次は夫婦で来てもらうようにお願いしました。同じテーブルに座り、私が橋渡しとなるのです。〝余計なおせっかい〟が、ほんの少し空いた、家族の隙間をうめるのです。
教会も地域の中でそのような〝隙間をうめる〟存在になれればと思います。ぜひ、月一回「がん哲学外来・カフェ」を始めてみてください。教会では土曜日や日曜日の午後一~三時などに行われることが多いようです。二時間あれば十分でしょう。お茶とお菓子を用意して、そこにいる人々と一緒の時間を過ごします。相手がしゃべることを聴く。沈黙も苦痛にならない関係となる。話題に丁寧に向き合う。そのためには、自分の考えを整理することも必要です。その訓練として、私は毎週、ブログを千字書くことを習慣づけています。また、日記をつけるのも良いでしょう。
会って話す。近年、この時間が減っているように感じます。どうしても会えない相手の場合は、メールで相談を受けることもありますがFace to Face ―やはり直接会って話したいと思っています。教会でも、あいさつや立ち話ですませてしまってはいないでしょうか。「祈っていますね」と告げるだけでなく、相手の話を聴くことが大切なのです。
この「がん哲学外来・カフェ」は、クリスチャンということを全面に出し、クリスチャンではない人と区別するものではなく、他人の必要に共感するという聖書の実践です。直接の伝道というよりは、地域への奉仕です。正論よりも、相手への配慮を大切にしてください。また、キリスト教信仰をすすめようというのが見えると、人は去っていきます。なぜならそれは、相手の必要に応えるのではなく、自分たちの必要で接しているからです。もちろん最終的には伝道となるでしょうが、まずは、その方たちの痛みを受け止めることのできる場所を作ることを目指してください。
どうしようもない現実を前にどうしたらいいのか。私は自分でコントロールできることについては努力しますし、そうしたらよいと思います。ですが「がん」のように、自分でコントロールできないこともあります。「病気」=「病人」なのではありません。病気になっても、病人になったわけではない。病気について、互いに話すことのできる、そんな社会を作りたいのです。病理医として勤務しながら、全国各地で多くの人の相談を受け、「何のためにこんなことをやっているのだろうか」と思うことが決してなかったわけではありません。ですが、つらい闘病生活を送りながら生きる人々と接し、その悩みを聞くことで、私自身が「にもかかわらず、なぐさめられる」のです。私のことばの処方箋は、私自身がなぐさめられたことばだからこそ相手に届くのでしょう。今、教会は地域にとってどのような存在でしょうか。「がん哲学」を通して、教会が相手の必要に共感し、寄り添い、それが地域の人々に伝わるようにと切に願います。
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