「ダビデの子」イエス・キリスト 第13回 「ユダの裏切り」

三浦譲
日本長老教会横浜山手キリスト教会牧師、聖書宣教会聖書神学舎教師

ルカによる書の第一巻「ルカの福音書」の最後24章で、ルカは「わたしについてモーセの律法と預言者と詩篇とに書いてあることは、必ず全部成就する……」(44節)と言われるイエスのことばを載せます。旧約聖書のことがふつうは「律法や預言者」(マタイ5・17他)と言われるところに、「詩篇」が加えられている点は注目に値します。なぜなら、ルカの第二巻「使徒の働き」の初めの数章において、イエスに起こった出来事が詩篇において預言されていたと記録されているからです。今回は、その出来事の最初、イエスに対する「ユダの裏切り」についてです。
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ペテロがユダの裏切りのことを、詩篇を通して説明します。「兄弟たち。イエスを捕らえた者どもの手引きをしたユダについて、聖霊がダビデの口を通して預言された聖書のことばは、成就しなければならなかったのです」(使徒1・16)。特に二つの詩篇(使徒1・20)です。「彼の住まいは荒れ果てよ、そこには住む者がいなくなれ」(詩篇69・25参照)。「その職は、ほかの人に取らせよ」(詩篇109・8参照)。この二つの詩篇が、ユダの呪われた地所とユダに代わる使徒補充について預言していました。

二つの詩篇におけるダビデ
詩篇69篇と109篇は、その表題によって両方ともダビデによる歌だとわかります。その二つの詩篇を眺めてみると、ダビデが置かれている状況が二つの詩篇において似ていることに気づきます。
ダビデの敵は、理由もなく(69・4/109・3)彼を迫害し、侮辱を与えます(69・7/109・29)。そのため、ダビデは弱く、貧しく(69・29、33/109・16、22、31)なります。断食もします(69・10/109・24)。ダビデは、神に助けを願うことばかりか(69・1、14、18/109・21、26)、敵がさばかれる(呪われる)ことさえも(69・22―28/109・6―20、29)願います。しかし最後には、ダビデはその救いを信じて神をたたえます(69・30―36/109・30―31)。

敵に対するさばき(呪い)の請願
特に詩篇69篇は、「彼の住まいは荒れ果てよ、そこには住む者がいなくなれ」(25節参照)以外にも、新約聖書全般にわたって、キリストのことを預言する詩篇として登場します。次のとおりです。
ローマ15・3「キリストでさえ、ご自身を喜ばせること  はなさらなかったのです。むしろ、『あなたをそしる  人々のそしりは、わたしの上にふりかかった』と書い  てあるとおりです。」(詩篇69・9参照)
ヨハネ15・25「これは、『彼らは理由なしにわたしを憎  んだ』と彼らの律法に書かれていることばが成就する  ためです。」(詩篇69・4参照)
ヨハネ19・28「この後、イエスは、すべてのことが完了  したのを知って、聖書が成就するために、『わたしは  渇く』と言われた。」(詩篇69・21参照)
このように、詩篇22篇同様、またしても詩篇69篇全体の文脈がイエス・キリストに起こった出来事の背景にあるように思われます。苦難を受けるダビデの姿が予型論的(タイポロジカル)に、苦難を受けるイエスの姿に重なります。しかし、ここで一つのことに目を留めます。先に見たように、やがてのユダの裏切りを言い当てていたダビデの二つのことばは、どちらも敵がさばかれる(呪われる)ことさえ願ったその請願の中のことばだった(69・22―28における25節/109・6―20、29における8節)ということです。ある人は、キリストはダビデと違って相手を呪うことをせずに、「父よ。彼らをお赦しください」と祈ったのだ(ルカ23・34)と、ダビデとイエスの違いを強調します。けれども、イエスは自らを裏切る者のことをこう言いました。「……しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです」(ルカ22・22)。そして、あのダビデのさばき(呪い)の請願ともとれる詩篇69篇22―23節が、ローマ人への手紙の中では現にイエスを拒む者に対する神の永遠のさばきを示すことばとして引用されます。「ダビデもこう言います。『彼らの食卓は、彼らにとってわなとなり、網となり、つまずきとなり、報いとなれ。その目はくらんで見えなくなり、その背はいつまでもかがんでおれ』」(ローマ11・9―10)。
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単にダビデがその敵に対してさばき(呪い)を願っていると思えたことばが、しかしやがてのイエス・キリストの出来事において神の永遠のさばきのことばでもあったということに厳粛さを覚えます。ダビデがいかに苦しい中で、信仰をもって神の救いを待ち望んだのかと想像します。このダビデを、やがての苦難を受ける義なる方、イエス・キリストを指し示す者として、神はお用いになりました。

1 D. Kidner, Psalms 1-72: An Introduction and Commentary on Books I and II of the Psalms, TynOTC (London: InterVarsity Press, 1973), 248.