「ダビデの子」イエス・キリスト 第2回 「ダビデにおける理想と現実」

三浦譲
日本長老教会横浜山手キリスト教会牧師、聖書宣教会聖書神学舎教師

サムエル記第一・第二のナラティブ(物語。詩文ではない語りの部分)に、ダビデの生涯を見ることができます。しかし、興味深いことに、サムエル記第一・第二のナラティブが前と後ろで詩文(歌)によって挟まれていて、それらの詩文がサムエル記全体のナラティブを解き明かしているといわれます。ハンナの歌(Ⅰサムエル2・1―10)はサムエル記全体のテーマの序論として、二つのダビデの歌(Ⅱサムエル22・1―51、23・1―7)はサムエル記全体のテーマの結論としての機能を果たします。同時に、最後のダビデの歌(Ⅱサムエル23・1―7)は、将来のダビデ王国をも見据えます。

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このたびは、ナラティブというよりも、上記の三つの詩文に見られる四つのテーマを中心に、サムエル記におけるダビデの姿をまとめてみます。

王として神に選ばれたダビデ
ダビデは神に「油そそがれた者」(「メシヤ」/「キリスト」)です(Ⅰサムエル2・10、Ⅱサムエル22・51、 23・1)。確かに、彼がまだ少年の頃、人の目には隠されたようにして、すでにその油注ぎがありました(Ⅰサムエル16・13)。そして、ダビデは公にイスラエルの王として油注がれます(Ⅱサムエル2・4、5・3)。また、神は、そのダビデの王国が永遠に確立することを約束されます(Ⅱサムエル7・12)。

神を信頼するダビデ、そのダビデを守る神
ダビデが神を呼び求める(Ⅱサムエル22・4、7)と、神はダビデを救い出します(Ⅰサムエル2・1、Ⅱサムエル22・3―4、18―20、23・5ほか)。それは、ダビデの敵には起こりません(Ⅱサムエル22・42)。特に、サウルとは対照的でした。神はダビデと共にいます(Ⅰサムエル16・13、18・14ほか)が、サウルからは離れます(Ⅰサムエル16・14、28・16)。神はダビデを導きます(Ⅰサムエル22・5、23・2、4、10―12ほか)が、サウルには導きを与えません(Ⅰサムエル28・6―19)。

勇者ダビデ
神はイスラエルの戦いを導くダビデに、勇者としての力を与えます(Ⅰサムエル2・4、Ⅱサムエル22・30、 35、38―46)。確かに、ゴリヤテとの戦い(Ⅰサムエル17・1―58)を始まりとして、ダビデは敵との戦いに勝利をしていきます(Ⅰサムエル18・27、23・1―5、27・8―12、30・1―20ほか)。

義なる人ダビデ
ダビデは「主は、私の義にしたがって私に報い……」(Ⅱサムエル22・21。22・25参照)と、自分の生涯を振り返ります。確かに、ダビデはサウルに対して(Ⅰサムエル24・1―22ほか)、ナバルに対して(Ⅰサムエル25・1―44)、シムイに対して(Ⅱサムエル16・5―14ほか)、アブシャロムに対して(Ⅱサムエル15・1―19・9)と、敵に対して復讐しません。そして、弱者に対するあわれみの心を持ち合わせます(Ⅰサムエル30・21―25、Ⅱサムエル9・1―13)。Ⅱサムエル8・15は、ダビデが義をもってイスラエルを治めた、とまとめます。しかし、ここで私たちが忘れてはならないのは、ダビデが義人として苦しむ姿です。特にサウルから追われるときのダビデの義なる態度は、ダビデの生涯における顕著な特徴です。
このように、サムエル記に登場する三つの詩文が描き出すダビデの姿は、「神に選ばれし、敬虔な、勝利のうちを進む、義なる王」といったポジティブな、理想的なものでした。

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さて、ダビデの生涯をこのようにまとめてみると、「おかしい。サムエル記のナラティブに見るダビデは、ポジティブな、理想的な姿ばかりではない」と思われることでしょう。確かに、そうです。あのバテ・シェバ事件が起こるⅡサムエル11章から後は、ダビデの生涯は下り坂です。そこには、ダビデのネガティブな、現実の姿が登場します。ダビデに与えられた神の約束(Ⅱサムエル7章)も色あせてくるように思われます。
特にサムエル記の後半、そのナラティブにおける現実的なダビデの姿を見させられる中で、その姿と二つの詩文の「ダビデの歌」に見られる理想的なダビデの姿との間に一種の緊張関係が生まれます。けれども、この緊張こそが、サムエル記の大切なメッセージである将来的な神のメシヤ期待を引き起こす役割を負っているようにも思われます。メシヤがダビデの子孫から誕生するという神の約束(Ⅱサムエル7章)は色あせないのです。サムエル記の三つの詩文に見られるダビデの姿は、やがての理想的なダビデ的メシヤをも指し示していたのでした。

1 P. E. Satterthwaite, “David in the Books of Samuel: A Messianic Expectation?,” in The Lord?s Anointed: Interpretation of Old Testament Messianic Texts, ed. P. E. Satterthwaite, R. S. Hess, and G. J. Wenham (Carlisle: Paternoster Press/Grand Rapids: Baker Books, 1995) 参考。