三浦譲
日本長老教会横浜山手キリスト教会牧師、聖書宣教会聖書神学舎教師

イエス・キリストの称号「ダビデの子」の背景を旧約聖書に見ています。今回、その最後は預言書です。ダビデ契約にかかわるメシヤ論としては、ホセア3章5節、アモス9章11節、イザヤ9章6―7節、11章1―10節、55章3節、エレミヤ23章5節、エゼキエル34章23―24節、37章24―25節などが大切でしょう。

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しかし、そのような預言書の個別のテキストのほかに、預言書における大きな文脈も大切です。そこで注目される書の一つがイザヤ書です。

イエス・キリストの公生涯の始め

イエス・キリストの公生涯（マルコ1章）は、次のようにイザヤ40章3節の預言の成就によって始まります。
2預言者イザヤの書にこう書いてある。
　「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、
　あなたの道を整えさせよう。
　3荒野で叫ぶ者の声がする。
　　『主の道を用意し、
　　主の通られる道をまっすぐにせよ。』」

マルコ1章2節は実際はマラキ3章1節のことばなのですが、イザヤ書からの引用としてまとめられます。マラキ書のことばがイザヤ書と重なるのでしょう。しかしまた、マルコ1章2節は、「見よ。わたしは、使いをあなたの前に遣わし……」という出エジプト23章20節の前半のことばと重なります。このように、マルコの福音書におけるイエスの公生涯がイザヤ40章で始まり、またそこに出エジプト記が関連しているということは大切なのです。

イザヤ書における救いのメッセージ

イザヤ書においては、40章から、神の民に対するバビロン捕囚からの解放とともに、最終的には「主のしもべ」による罪のとりこからの解放が語られます。
二つの点に注目します。一つは、イザヤ40章以降、特に40―55章の描写が出エジプト記における描写に類似して語られているといわれることです。その観点で、イザヤ書におけるメッセージを次のようにまとめることができるでしょうか。「主が、イスラエルの前と後ろにあって（52・12。出エジプト14・19―20参照）、あるときは水の中を渡り（43・1―3）、彼らの知らない道を歩ませて、導いて行かれる（42・16）。あわれみ深い羊飼いとして（40・11。詩篇77・20、78・52―53参照）、主は食物と水とを与え（43・19―20、49・9―10。出エジプト16・31―35、17・6―7参照）、盲目の民に光を与える（42・16）。このようにして、主はイスラエルを栄光のエルサレムへと導く（40・9）。主はヤコブの子孫にその霊を注ぎ（44・3―5）、彼らは主をたたえる（45・24―25）」。将来のメシヤは、かつての出エジプトのように、神の民を罪のとりこから解放し、栄光のエルサレムへとその旅を導いていくのです。もう一つは、イザヤ書ではバビロン捕囚からの解放者であるペルシヤ王クロスが「油注がれた者」（「メシヤ」／「キリスト」）と呼ばれていることです（45・1）。しかし、イザヤ書には「主のしもべ」も登場します。このクロスと「主のしもべ」が並行的に描かれているといわれます。クロスも「主のしもべ」も、「義」のうちに呼び出され（41・2［原文参照］、 42・6）、主は彼らの名を呼びます（45・4、49・1）。彼らは主にその手を握られ（42・6、 45・1）、 主のみこころは彼らによって成し遂げられます（44・28、 53・10）。しかしまた、彼らは対照的でもあります。「主のしもべ」はクロスのようであるけれども、クロスとは全く違う方法で、つまりは力ではなく苦難を通して人の救いを全うする「苦難のしもべ」（イザヤ53章）でもあったのです。

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ダビデは神に「油注がれた者」（「メシヤ」／「キリスト」）でした（Ⅰサムエル2・10、Ⅱサムエル22・51、23・1）。イザヤ書では「油注がれた者」がクロスです（45・1）が、その姿は将来の「主のしもべ」とも比べられます。クロスのような解放者でありながら、クロスとは違う主のしもべ。その姿は、やがての真の「油注がれた者」イエス・キリストを指し示します。イザヤ40章のことばをもって始まるイエス・キリストの公生涯。当然のことながら、福音書におけるメッセージはイザヤ書における救いのメッセージと無関係ではありません。マルコの福音書は、「神の子イエス・キリストの福音（「良い知らせ」）のはじめ」と始まります。イザヤ40章9節にはこうあります。「シオンに良い知らせを伝える者よ。高い山に登れ。エルサレムに良い知らせを伝える者よ。力の限り声をあげよ」。マルコの福音書は、旧約聖書でずっと預言されてきたメシヤなる「ダビデの子」イエス・キリストの出現を、力の限り声をあげて知らせていたのでした。

1R. E. Watts, Isaiah’s New Exodus in Mark （WUNT 2, vol. 88. Tubingen: Mohr Siebeck, 1997, Reprint, Grand Rapids: Baker Academic, 2000）参考。
2R. Schultz, “The King in the Book of Isaiah,” in The Lord’s Anointed: Interpretation of Old Testament Messianic Texts, ed. P. E. Satterthwaite, R. S. Hess, and G. J. Wenham （Carlisle: Paternoster Press/Grand Rapids: Baker Books, 1995）参考。