『まんがキリスト教の歴史』を描き上げて…。 樋口雅一氏に聞く
前篇、後篇と完結した感想をお聞かせください。
この本の企画は、ある出版社からの「全一巻(二百頁余)で〈キリスト教の歴史〉をシンプルにまとめられないか」という依頼から始まりました。私からすぐに出た答えは「無理です」。
世界の歴史を題材とした〈学習マンガ〉でも一巻で描けるのは限られた時代範囲です。全体では何十巻にもなるわけで、ましてや、キリスト教の二千年にも及ぶ歴史を、たったそれだけのページ数で描けるはずがない。
「どんなに平易に描いてもその倍は必要です」。こう答えた私は、最低限の構成案を企画書にまとめました。上下巻のプランです。
でも、当初の依頼主は「そこまでは求めていないのだが……」。
結論が出ない……。
そこに現れたのが、いのちのことば社です(笑)。
もともと「キリスト教の歴史」を描きませんか? というのは、私が『まんが聖書物語』シリーズ全六巻を十二年がかりで描き終えたときに、当のいのちのことば社から出ていた話なのです。
出版部長「さぁ、次はキリスト教の歴史ですね」。
私「いや、今はまだご勘弁を。もう少し時間をくださいな……」。
いつの間にか、その時間が経っていたということでしょう、すんなりと執筆が決まりました。
前篇は『まんが聖書物語』の流れからスムーズに執筆に入れましたから、特に苦労はありませんでした。
ところが、後篇の最初でつまずいたのですね。いきなり「宗教改革」ですから!もう、難しさの度合いが違います。私も「執筆改革」が必要だった(笑)。
調べ事も作業量も格段に増えてきて……結果、後篇の脱稿が一年も遅れてしまったことはお詫びしないといけません。それでも、二冊をようやく描き上げたことに、今は深い充足感を覚えています。
特に苦労された点は何だったでしょうか。
『まんが聖書物語』ではベースになるストーリーがあります。聖書に書かれたその物語をどう視覚化するかに力点を置けばよいのです。しかし、歴史をとなると範囲が広すぎて手がかりがありません。その時代で主要な役割を担った人物を描くことでしか歴史マンガとしての表現が出来なかったのも事実です。
人物を描くからには、シナリオを起こす必要があります。まずそこから作業を始めなくてはならなかったというのが苦労だったかな……でも、それが面白い部分でもあるんですけどね。
あと、時代がだんだん近くなってくると、肖像画、建物、家具調度、服装等を「そこは適当に、こんな感じで……」といかなくなるのが参りました。残存資料が増えてくるのも困りモノです(笑)。
制作していて、人物への感情移入はあるものですか。
あります、あります。でないと台詞が出てきませんし、どういった動作をするかも決まりません。そして、常にすべての登場人物に感情移入しながらペンを入れます。制作が終わって、なお心に残る登場人物はいますか。
主役級の人物はほぼすべて、もっと掘り下げたい欲求に駆られます。二、三十頁でなく、一人で一冊の本にまで仕立て上げたいと……。それくらい魅力的な人物が多いということですね。次はどんな作品にとりくんでみたいですか。
「キリスト教の歴史」ということで言えば「日本篇」もあるかとは思います。ザビエルから始まる日本のキリスト教の歴史を描く。登場人物も信長、秀吉、千利休、それに天草四郎とか……。
でも、とりあえずは物語ベースのものがいいなぁ(笑)。
「神曲」「天路歴程」……難しそうですけど。
「ベン・ハー」とか「クォ・ヴァディス」なんていうのもありましたね。