さわり読み 注目の新刊
『スンウ 12歳の明日』
さわりよみ! PART3
『スンウ 12歳の明日』
スンウ:主人公の少年。12歳。左脚が右脚よりも短い障害を負っている。父は他界、母は行方知らず。
ヨンヒ:スンウの妹。8歳。余命3か月。
ナルチ:組織と警察に追われるやくざの男。
前回からのあらすじ
逃亡を図るヤクザのナルチと、母を捜すスンウ、ヨンヒの奇妙な旅が始まった。旅の途中、スンウはナルチに何度も殴られ、罵倒され、裏切られさえもする。しかし、スンウはナルチを信じ、愛することをやめない。そんなスンウの姿に接するなかで、やがてナルチの心にも大きな変化が起こり始める。兄妹は母に会うことができるのか……。そして旅の果てに彼らが見つけた未来とは。
今度会えるのはいつだろう。スンウはおじさんの胸に静かに手を置いた。
「おばあさんはおじさんのこと愛してるよ。ぼくもおじさんを愛してる」
おじさんが目を閉じた。
「俺はどうしようもない息子だ。一人ぼっちの母親をただの一度も心配してやったことがない」
おじさんはスンウの名前を呼び続けた。
「俺を愛してるって言ったな? おまえまだ子どもで何にも知らないからそんなこと言えるんだぜ。大人になったらわかるさ。俺がどんなに卑劣で、ろくでもないやつか……。俺はおまえを罵っては殴り、いびり、利用してしゃぶり尽くして、死にそうな目にまで会わせたんだぞ。そんな俺を愛するなんて洒落にもならない」
「愛してるよ、愛してるよ……。これからもずっと愛してるよ」
おじさんの閉じたままの目から、涙がすぅっと一滴こぼれ落ちた。
「俺はワルだ。どうせワルなんだから、どんな悪事を働こうと何とも感じなかった。それなのに、ある時からやけに妙な考えをするようになったんだ。ナルチ、おまえは真人間になろうと踏ん張ったことが一度だってないじゃないかってな。二十八歳にもなる歳してな。おまえはまだまだ十二だってのによ……。おまえが俺にしょっちゅう人生振り返らせるんだ。笑わせやがる」
また、涙が一滴こぼれ落ちた。
「俺は真人間になれるだろうか。だめかもしれないな。でも少しは努力してみないとな」
スンウの目からも涙がこぼれた。
おじさんが手を伸ばして涙をぬぐってくれる。
半分ほど開いた病室のドア越しに、お巡りさんが大きな声で言った。
「もう、時間だ」
スンウは立ち上がった。
おじさんがきく。
「行くところ、あんのか?」
「ううん。でもおじさん、ぼく、自分の道を探してみたい」
*
スンウは帽子を脱いで積った雪を払い、空を仰いだ。
「ヨンヒ! お兄ちゃんはもう、人は一人でも生きていけるのかなんてきかないよ。本当の手品師には、見えないところまで見える人しかなれないんだ。人生は手品みたいで秘密がいっぱいって言うだろ? 見えないものを見ようとする人だけが、その秘密を解き明かせる。一つ、二つと解いていけば、一人じゃないっていうことも、きっといつかわかるようになるからね」
スンウは帽子をかぶり直して、また歩き出した。
脚も、腰も、肩も、ピンク色の帽子も左側に傾いている。
ぼたん雪も十時半の方向から斜めに降っている。
誰かが首を十時半の方向に傾けたら、その人にも見えるだろう。真っ直ぐに降るぼたん雪が。そしてそのぼたん雪の中をついて真っ直ぐに、真っ直ぐに歩いて行くスンウの姿が。