さわり読み 話題の新刊『わが家のリビング介護天国』 ちょっとさわり読み
〈やすらぎの介護 シャローム株式会社〉
二〇〇〇年二月。
十三年前に建てた家のじじむさい塀に看板が上がった。「シャローム」の幕開けだ。
「おっ、ええな。やっぱり俺がデザインしただけある。光ってるがな」
喜んでいるのは夫ばかり。
私は介護の仕事なんかようせん。あと三年で定年やと言うのに。なんでこいつは、今さら会社を辞めて危ない橋を渡るねん。渡りたいんやったら一人でどうぞ。なあ、ゴンタもそう思うやろう。
犬のゴンタは、返事のしようもなく看板を見ている。
「どれどれ、ええ看板やないか。これやったら商売繁盛しそうや」おっとりと言うのは、八十二歳になる夫の父だ。十年前に妻に先立たれてから同居している。
「看板で商売繁盛するんやったら、だれかてしまっせ。こんな大きなもん立てて、うまいこといけへんかったら、格好悪うてここにいてられへん。やめといたほうがよろしおまっせ」
七十八歳になる私の母が、はっきりと言う。
「お義母さん、あの十字架が目にはいらぬか」
夫が看板にかかれた十字架を指さして、水戸黄門よろしく見得を切る。
「俺には、強い味方がついてます。そんじょそこらのもんと違う。心配ご無用!」
「泰三さんのいつもの神さまでっか」「物分かりよろしいですな」
〈中略〉
去年の冬のことだ。
「二〇〇〇年スタートの介護保険と同時に、介護事業所を始めるんや」
突然、夫は宣言した。