さわり読み 話題の新刊『マリナと千冊の絵本』ちょっとさわり読み
「神さまは、耐えられない試練は与えられません。必ず、逃れる道を備えていてくださいますからね」
「敗血症を起こしています。血液交換が必要になると思います。今日は赤十字が休みなので、知り合いの人にすぐ輸血のお願いをしてください。ここ三日間がとうげです」(とうげ……、そんな……)
心臓がドキドキして息苦しくなってきた。(中略)
「先生! マリナはどうなるんですか。先生! どうか命だけは助けてください! お願いです! 先生! お願いします……」
私は、医師にすがりついて懇願した。産後間もない突然の出来事に、食べることも眠ることもできず、心身共に疲れきっていた。(中略)
いとおしく狂おしいほどマリナを抱きしめたいと思った。けれどマリナの身体に触れることは一切禁じられており、私たちは保育器の前で見ていることしかできなかった。一進一退しながら日々が過ぎていった。(中略)
この辛い時に、毎日電話をくれる人がいた。神尾あつこ子さんという長女リエの幼稚園の時の担任の先生だ。その園はキリスト教主義の幼稚園だったが、神尾先生も熱心なクリスチャンで、幼稚園の保護者会はいつも神尾先生のお祈りで始まった。保護者会で何が話されたかは覚えていないけれど、神尾先生が皆の前で手を組み、お祈りをしていたことが心に残っていた。
神尾先生は電話をくれるたびに、旧約聖書の中に出てくるヨブという人の話をしてくれた。信仰篤く正しい人であったヨブは、神から祝福された幸せな日々を送っていた。そんなヨブに試練が訪れる。ヨブが神を信じるのは神の祝福があるからだと主張する悪魔が、ヨブの信仰を試したいと神に申し出る。こうしてヨブは、子供を亡くし、すべての財産を失い、さらには身体中をひどい皮膚病に冒され、自分が生まれたことを呪うまでに一人苦しみ抜く。「なぜこんな苦しみにあうのか」とうめきながらも、ヨブは神への信仰を捨てず試練を越えていく。
「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」
試練の中で、ヨブが言った言葉だ。
神尾さんは、ヨブの話の後にいつもこうつけ加えた。
「神さまは、耐えられない試練は与えられません。必ず、逃れる道を備えていてくださいますからね」
そして、電話の向こうで必ずお祈りをしてくれた。