ただ、そばに居続ける─「隣る人」となって 人が人を慈しむ「手触り」の映画として


稲塚由美子
『隣る人』企画

映画を観たある人はこう呟いた。
「自分が小さい頃の、抱きしめられなかった寂しい気持ちが呼び起された」
「私の『隣る人』は誰だろう。私は誰かの『隣る人』になれるのだろうか」
「舞台となった〈光の子どもの家〉に行ったことはありませんが、どこか懐かしく、まるで昔の自分が紛れている気さえしたのです……」
ドキュメンタリー映画『隣る人』は、二〇一二年五月、東京の映画館「ポレポレ東中野」で公開された。それから三年十か月、全国及び海外でも自主上映という形で上映が続き、これまでに約六万人の方々に観ていただいている。
公開当初、親と暮らせない子どもたちと、隣り合う保育士たちの日常を八年間にわたって撮った映画として告知した。事情があって親と暮らせない子どもたちの、いわば最後の拠り所としての児童養護施設の「暮らし」を映像として公開したものは本邦初と思う。その点でも『隣る人』公開の意味は大きかった。
撮影した児童養護施設〈光の子どもの家〉の在り様が特筆すべきものであることはいうまでもない。子どもを育む場という本来の意味での「家庭」で子どもを育てることを旨とし、理想どおりにいかなくても、子どもの周りをうろうろして、悩みながらも決して諦めないで寄り添い続ける大人の姿がそこにある。
だが映画は、「児童養護施設の現状」を伝える、という域をはるかに超えて広がっていった。説明が何もない、BGMは生活音だけ!? という映画に、年配の方から「分からないよ」とのお叱りもいただいた。それでも説明過剰な映像とは違う「押しつけがましくない映画」として何回も観てくださり、自主上映を企画するという方々が増えていった。
「DVD販売はしないのですか? 私たちがお互いを見失ってしまうかもしれない十年後に二人で観る原点としたいのです」という若いカップルもいた。DVD販売はせず、刀川監督や菅原理事長や企画の稲塚を三人揃って、あるいは別々に上映会に呼んでいただいて、観た方との双方向での対話を続けてきた。
「自分の子育てを振り返させられる」
「あんなふうにゆるやかでいいのか」「もっと抱きしめてやればよかった」「子どもってあんなにも愛情を求めているものなのか」。
その先には、「子どもとの接し方が分からない」「どうしていいか分からないけど、(実の)親に相談したら、『あんた、何やってるの!』と責められるので、親にも話せない」……「母親でしょ」との無言の圧力に押しつぶされそうになり、「母親だから」と全責任を負わねばと悩み、孤独な子育てに苦しむ若いママたちの、まさに慟哭が集まった。
児童養護施設に来る子どもたち、その入所理由のほとんどが「虐待」。それも実の母親からの虐待であるという現状がある。今日、新聞やTVで「普通の」とひと括りにされてしまっている家庭という閉鎖空間。そこには、あまりにも多くの虐待が隠れているという。「虐待母を教育しろ」の声はすぐにあがる。だが実際は、母親ひとりに責任を押し付け、母親の精神的不安と孤独や経済的困窮には目もくれず「母親なら愛情をもってうまくやれるはずだ」という偏見が若いママたちを追い詰めている。
今や幻想と言ってもいいほどの、壊れかけている「普通の」家庭の若いママたち自身から、民生児童委員や男女共同参画センター主催の自主上映会も多い。数十人規模の小さな会場で、まるで女子会のようなトークと交流会を催す自主上映会もある。保育に預けるのでなく、赤ちゃんを抱っこしたり、遊ばせながらママたちは真剣に映画を観ているのだ。
映画を通じたつながりの中、「血がつながっていてもいなくても、誰かが誰かに心を寄せようよ。誰もひとりでは生きられないのだから」とのメッセージを届け続けている。「これはもう『隣る人』運動だね」とある人が言ってくださった。