みことばを白衣の下にまといつつ 第4回 顔を見る
斎藤真理
内科医
初対面は二度来ない
初対面の連続の仕事である。やり直しが効かない。苦手のままにしておくとストレス度が高くなる。先日、病院職員向け研修会で「初対面での心得」のプレゼンを担当した。< 初対面の「べからず」集 >
一、相手への自分の第一印象を軽視する。
二、笑顔がない。
三、アイコンタクトがない。
四、日頃からの準備を怠る。
五、自分の「鏡」を持っていない。
・第一印象はいかに作られるか? 第一印象は好感と反感という軸で捉えられ、視覚情報から入り情動系の中枢「扁桃核」で決定される。要する時間はたった二秒。瞬間的認識だ。しかもいったん作られた第一印象はずっと薄れない(初頭効果)。
「第一印象は顔で決まる」と言われるが、その根拠はアルバート・マレービアンの好意の総計という研究結果にある。言語は七%にすぎず、声、トーンなどの周辺言語が三八%、顔の表情が五五%となっており、ノンバーバル(非言語)コミュニケーションが大きな役割を持つ。
・表情は生後二~三週で出現する本能である。三~四か月からは他人の表情、特に接触の多い母親に影響され身につく。表情の学習は、微笑みをよく見ることから始まる。
・笑うことは相手の緊張感を解き、自分の気持ちを切り替え、人間の大きさを伝えるもので、顔の筋肉(口角挙筋、大頬骨筋、眼輪筋など)を使った運動である。自分の目と口の動きを見てみよう。表情を変化させることを意識しよう。
・第一印象好感度アップの五段階。
一、あごの位置を意識する。
二、感情を表す眼の表情をコントロールする。
三、声をマネジメントする。
四、聞き姿を作る。
五、話かけで相手の心をつかむ。
「初対面、いつでもOK」と準備するコツは、身近な鏡を持つことだ。親しき助言者は厳しいアドバイザーにもなりうる。自分の部下は自分を写している(ミラー効果)。上司が表情豊かな職場はみな明るい。逆も然り。
・現場では、自分が相手を見る時間よりも相手が自分を見る時間の方がはるかに多いことに気づきたい。さわやかで信頼できる第一印象を心がけよう。エンジェルスマイルを常にプレゼントしよう。
医療者、事務職の聴衆は、満面の笑みを返してくれた。こんな笑顔を見たら、つらい患者さんの顔もほころぶだろう。患者さんこそ初対面の連続であることを忘れてはいけない。
このプレゼンの準備のために、発達心理学の本を読んだ。生まれたばかりの乳児でも一生懸命身体を動かして母親の顔を見ようとすることや、母親の顔を見た経験の具体的な量が母親顔への好みを決定する、さらには母親の表情によって乳児の行動は影響を受け、進んだり躊躇したりする、などの事実が、一歳以下の乳児たちが参加した実験結果として記載されている。示唆に富んだ貴重な研究だ。うなずきながら読んでいてすぐに気づくのは、日本に限らずこれらのデータには父親が出てこない。
おやじは背中
日曜日だけではない。父は私が起きる時間には必ず、きちんと着替え姿勢良く机に向かって、長時間聖書を読んでいた。時々、賛美歌もアカペラで歌っていた。いのちのことば社の本に囲まれていた。崇高な姿だと小さい私には映っていた。何よりも「God First」であることを教えてくれた後ろ姿だった。過去形だけではなく、今日も継続されている。とても真似できないと思っていたのだが、仕事上叱る場面での私は、父のスタイルを受け継いでしまった。すごく恐い顔をするようだ。相手の顔もかたまる。誰も寄ってこない。
新しい自転車を買ってもらったとき、ママチャリだったのがショックで中学生の私は嬉しい顔ができなかった。「ありがとうも言えないのか!」と壁を蹴飛ばした父。今、この憤りの理由に私は納得している。私もきっとそうする。
夏の初め、母と教会帰りに黄色のハイビスカスの大鉢を見つけた。足腰が痛くて留守番の父が玄関にそろりと出てきたとき、私が抱えている花を見て、五センチも飛び上がった。あんな父の嬉しい顔を見たのは初めてだ。
顔を見ることは、私にとって万人へのappreciation(真価を認めること)とcompassion(深い思いやり)を呼び起こす基本だ。笑顔、泣き顔が私を動かす。
天を見る。今日も笑顔のゴーサインに守られている。
さて、私の顔は輝いているか? じっと鏡を覗き込む。
「his father saw him and was filled with compassion for him;he ran to his son,……」
(父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って……ルカの福音書一五章二〇節/放蕩息子)