ビデオ 試写室◆ ビデオ評 54 『海嶺』
古川第一郎
日本キリスト改革派 南越谷コイノニア教会牧師
決して見捨てぬ神の存在
三浦綾子原作『海嶺』が待望のDVD化
原作は、三浦綾子さんの歴史小説『海嶺』(朝日新聞社)。天保3年、米を積んで尾道から大阪へと船出した宝順丸は、激しい嵐に翻弄され、14人の乗組員のうち11人が死亡、生き残った3人、岩松(西郷輝彦)、久吉(井上純一)、音吉(松本秀人)は、なんと太平洋を越えたカナダのフラッタリー岬に漂着します。そこで現地の人たちの奴隷にされますが、まもなく実業家のマクラフリン博士(ジョニー・キャッシュ)が代価を払って引き取り、彼らを何とかして日本に返そうと努力します。さまざまな出来事の後、日本に帰るために一旦マカオに送られ、そこでカール・ギュツラフ氏と出会います。彼は日本にキリスト教を伝えたいという願いを持っており、聖書を日本語に翻訳する手伝いを3人に頼みます。こうして、最初の日本語聖書である「ギュツラフ訳新約聖書」ができました。名もない3人の日本人は、大きな歴史の担い手となりました。
しかし、この作品には、それ以上のメッセージが込められています。幾多の困難を乗り越えて、ついにモリソン号に乗って浦賀に着いた彼らを、母国日本の幕府は、大砲を撃って追い返したのです。あきらめ切れない彼らは、薩摩(鹿児島)に向かい、藩の役人(米倉斉加年)に会います。役人は殿様に一切を書き送ることを約束し、家に帰れることを請合いますが、喜んだのも束の間、翌日再び砲撃に会い、ついに宝順丸の3人と、途中で合流した寿三郎、熊太郎、力松、庄蔵、合わせて7人の日本人が、愛する家族との生活を目の前にして、涙を呑んで去って行きます。有名なモリソン号事件です。
この中の一人岩松(後に岩吉と改名)は、生まれたときに両親に捨てられ、今また国に捨てられました。信頼できるはずのものに捨てられるということほど悲しいことはありません。その岩吉が、はっと気づいたようにつぶやきます。「お上がわしらを捨てても・・・決して捨てぬ者がいるのや」。彼は漂流したゆえに、この存在を知ったのでした。
『海嶺』と同時に、三浦さんの講演ビデオ『愛すること信じること』(発売元:ライフ企画)も見て、背後にある三浦さん自身の体験に気がつきました。心血込めて生徒たちに教えた軍国主義を、敗戦を境に墨で消させる。何も信じられなくなり、生きる意味もわからなくなり、どん底に落ちた三浦さんも、はやり「国」に裏切られ、捨てられた一人だったのでしょう。そのどん底を通して、彼女もただ一人の「決して見捨てぬ者」の存在を知りました。
「海嶺」とは、「太平洋の底にある山脈上の高まり」と説明されています。「たとえ人目に触れずとも大海の底には厳然と聳える山が静まりかえっているのである」。小さな生涯も、神は偉大な生涯として、慈しみの目をもって見ておられる。そのまなざしを指し示すことが、三浦作品の一つのコンセプトなのです。