ファインダーから見た情景 10 遠いところ
秋山雄一
フォトグラファー
幼少のころ初めて母の手を離れ一人で外出し友達と遊び始めたとき、一つの約束をしました。
「線路の向こう側には行かないようにしよう」。
友達が住んでいたわけではないので約束を破ることもありませんでしたが、目の前に大きく一線を画していた線路の向こう側は心の中で遠く未知な世界でした。
いつあの踏切を渡っている大人と同じように線路の向こう側に行けるようになれるのか、これは何の努力もせずに日々過ごしている幼心にはとても楽しみなものでした。
高校生のとき「西ドイツ、ベルリンに行ってみない?」と言われ、言葉の通じない、ビザやパスポートなど今までにないルールのもとに一人で行くなんて、好奇心以上にかなりの勇気と努力が必要なことを感じつつ3週間の旅に出ました。
経験とは物事を簡単にしてしまうもので、これを機に私にとっての遠い世界はお金と時間さえあればどこにでも行けるようになりました。
欲望というのはきりがないもので、私の場合更なる遠いところを探す旅を始め、横浜からポルトガルまで船と鉄道を使って行ってみたり、中国の成都からチベットのラサ、そのまだ先にあるカイラス山を巡る4000kmのバス旅をしたりしたのですが、その結果距離的、時間的に遠いという感覚はもはや未知なる遠さとは違うものになっていきました。
大人になるにつれ、すべてのことにおいて自分の境界は無限に広がり、未知に感じることがとても少なくなってしまいます。あの心に残る遠くを感じる気持ちはもう二度と感じられないのでしょうか。