ブック・レビュー 「福音の真理」を立体的に描き出す
広瀬 薫
日本同盟基督教団総主事
私事になりますが、約二十年前の神学校在学中、ちょうど伊藤明生先生がイギリス留学を終えて帰国されました。授業で、当時の最新の研究の息吹に触れさせていただいたことは刺激的でした。講義内容は「ガラテヤ人への手紙」。著者はその後もこの書を、授業や講演会等で繰り返し取り上げてこられたようです。その集大成ともいうべき本書がついに出版されたのは嬉しいことです。
ガラテヤ人への手紙は、特有の複雑な背景を持った書です。専門的素養の質と量が求められます。その点、本書は充分に歴史的釈義的神学的に課題点を解き明かし、この書が伝える真理が私たちに立体的に見えるようにしてくれています。
例えば、背景となる「かき乱す者たち」の実像。アンテオケで起きた事件の真相。パウロの生涯の展開の理解。当時の教会の人間模様。教会を取り巻いていた時代背景、等々。読者の前には、この書が生み出されねばならなかった当時の熱い背景と共に、この書が担う永遠の真理の素晴らしさ、今私たちがあずかっている恵みの大きさが、生き生きと展開されます。そして、パウロが戦い守った真理を担う使命が私たちにもあることがよくわかるでしょう。さらに、パウロが展開する独特の難解な議論についても、著者はていねいに解説を加えていて、私たちをパウロの世界に導き入れてくれます。
本書全体の構成は、著者の「私訳」「講解」「緒論」「注」、となっていて、講解は実際に教会で語られた二十三編の説教をもとに構成されているので、信徒の方は充分に養われるでしょう。注と緒論には、最近の諸学の成果が手際よくまとめられていて、高度な学びを求める読者をも充分に満足させるでしょう。そこには、有名な「南北ガラテヤ説」の件はもちろん、多くの人に新しい興味深い視点を与えるであろう「中央アナトリアの宗教」の解説、さらに「修辞学・書簡批評」などの知識が提供されています。
本書によって「聖書って本当におもしろい」の感を、読者は深めることでしょう。