ブック・レビュー 『あなたをひとりで逝かせたくなかった』
杉谷乃百合
東京基督教大学講師 教育心理学/キリスト教教育学
「自分で命を絶つ」その爪跡を前に、生き抜くことを説く
自殺者の数は、アメリカでも日本でも毎年三万人を超えるといわれる。キリスト教会では「自殺は罪か?」ということが議論されるようであるが、どれほどの教会、クリスチャンが自殺に追いつめられて絶望の淵に立っている人々に、真剣に手を差し伸べているであろうか。『あなたをひとりで逝かせたくなかった』は、中国系アメリカ人二世の作者が、四十代後半の父親を自死で喪った経験を、*雪の吹きだまりの中を苦労して進んできたもの*として同じたぐいの*冬の嵐*に襲われた人々が身を守りつつ最後まで歩き通せるようにと、涙の祈りを捧げながら、したためられた本である。
作者のクリスチャンとしての信仰、倫理、神学、そして職業知識が総括され読みごたえがある。それとともに、どうしたら愛する人を自死で喪い悲嘆の中にいる人々と悲しみをわかちあい、一歩前にすすむサポートができるか、という作者の苦悩と経験に裏付けられた慰めと使命に満ちた本でもある。
アメリカ文化から発生している専門用語の理解の難しさは多少残るが、訳書にありがちな読みづらさのない翻訳本である。
喪失体験の当事者の方々にこの本が届くことを願いつつ、牧会者、教会スタッフ、信徒もこの本を通して、特殊な喪失体験をしている人々に沿って歩むことを、ぜひ学んでほしい。
予期せぬ出来事は誰の人生の中にもある。しかし、それが自身の身近な人が「自分で命を絶つ」というかたちで訪れたとき、関係者にとってその嵐の爪跡は生々しく、深く、痛く、苦しく、耐え難いものとして残る。それでもなお、残された者がなんとかして生き抜く。この現実的パラドックスに感情、信仰、知性、をもって体当たりし、生き抜くことを説く心動かされる著書である。