ブック・レビュー 『さよならボート』

『さよならボート』
森山 健也
単立・香椎バプテスト教会 牧師

沈黙の背景が愛する家族を亡くした人に寄り添う

 私たち現代人は喋り過ぎる。それもマニュアル化された言葉を。だから言葉に深みがなく、人の心に届かない。ましてやそうした言葉は死に臨んでいる人や、愛する者を失った人の心に響き、沁み入ることはない。

 死に逝く人は多くは話さない。しかし、その語る言葉は象徴的であり、哲学的、宗教的である。それゆえ言葉に重みがある。それは言葉が、その人の経験、人生、そして人格に裏打ちされているからである。そのことをM・ピカートは「もし言葉に沈黙の背景がなければ言葉は深みを失ってしまうであろう」(「沈黙の世界」)と述べたのであろう。

 『さよならボート』は言葉は極端に少ない。ひらがな文字だけで166文字しかない。3文字「ないた」(参照ヨハネ11・35)しかない頁もある。しかし、その言葉が包摂している広くて奥ゆきのあるゆたかな世界が絵によって表現されている。この意味で『さよならボート』はまさしく絵本である。そして絵本でこそもっともよく伝えうる事柄や世界があることが分かる。

 著者は、愛する家族を亡くして、悲しみと喪失感のなかにある子供たちに話しかけ、希望の言葉を届ける必要を感じ、本書を著した、とある。

 また絵は、能面のように定型化された人物の表情によって、読者を作中の人物と一体化させ、その色彩と相まって、時空を越えた世界へと誘う。

 訳文はわかりやすい言葉を使いながら、死別という重いテーマを的確に伝えている。

 愛する者との永遠の別れという非日常的な経験をした人がこの絵本を読むとき、起った事柄を受けとめ、暗闇の深みから彼方に射す希望の光を認めることであろう。このいやしは逝きし人との思い出を共有することに気づき、何気ない日常生活がどんなにすばらしいものかを知り、生かされる日々をいとおしみ、大切に生きるであろう。