ブック・レビュー 『ドニー・マクラーキン ストーリー
 暗闇から光へ』

『ドニー・マクラーキン ストーリー 暗闇から光へ』
原島裕之
日本福音宣教会 東京ホープチャペル会員(株)ディスクユニオンスタッフ

倒れてもまた立ち上がる信仰を与えられる

 本書は、数多くあるゴスペルシンガーの自叙伝の中でもっとも読みたかった一冊だ。ドニー・マクラーキンはニューヨーク州の教会で牧師を務めながら、全米でもっとも有名な黒人ゴスペルシンガーのひとりとして活躍している。日本のゴスペルファンの間でも認知度は高く、今年五月の初来日に合わせた本書の出版は意義深い。筆者の何よりの魅力である霊性と包容力にあふれたテナーヴォイスには、我々の心を揺り動かすリアリティがある。しかし、その歌声には幼いころの忌まわしい記憶と立ち向かってきた道程が含まれていたのだ。

 日本でも子どもへの性暴力事件が顕在化し始め、きわめて深刻な社会問題となっているが、すでに九〇年代の米国では三人にひとりの女性、六人にひとりの男性が子ども時代に性的虐待を受けていた。著者は八歳の時に叔父にレイプされ、数年後にはその叔父の息子にも性的虐待を受けたことがきっかけで同性愛者となったという。八歳だった筆者が男性に性的欲望を抱き、誘惑と対峙しながら自分の運命にもがき苦しむ様子が導入で語られる。なおかつ性的暴力を受けてしまうきっかけが、自らの不注意で亡くなった二歳の弟の死なのだとすれば自分の人生が呪われていると思いこんでも無理はない。著者に起こった出来事を自分や自分の子どもの身に置き換えてみれば、その悲惨さに目をおおいたくなるばかりだ。

 本書を貫いているのは、筆者と同じく過去の記憶や自分自身から開放されずに苦しんでいる人たちに向けられた励ましである。勝者による上からの目線ではなく、痛めつけられた弱者あるいはごく親しい友人の目線で語られているところが黒人である著者らしい。

 青年期の筆者は同性愛者のため引っ込み思案となり、何をするにも自信がなかった。性的誘惑や妄想のため、男性とまともに話すことさえできなかった。日本でいう「ニート」であり、著者は人間として機能不全に陥っていた。そして、みことばをひもとき、問題に取り組み始める……。本書は、著者の生み出したゴスペルミュージック同様、それに触れる者の人間性や魂を回復するためのリアルな武器なのだ。