ブック・レビュー 『ヘボン博士の愛した日本』
久世 了
明治学院 学院長
才能と財産を日本のために惜しみなく用いたヘボン博士の足跡
才能でも財産でも、自分が持っている良いものを自分自身のためだけではなく他者のために惜しみなく用いる、これがキリスト教精神です。その実行者としてシュヴァイツァー博士やマザー・テレサはとくに有名ですが、本書の主人公であるヘボン博士は、その点でこの二人に勝るとも劣らないほどの人物であると言っても過言ではありません。
一八五九年の日本といえば開港直後で、外国人と見れば切りかかるような武士が横行していたころです。その年、すでに中年に達していた医師ヘボン博士は若いころからの東洋伝道の夢を果たすべく、ニューヨークでの安定した生活を捨てて、クララ夫人とともに危険を顧みず医療宣教師として来日しました。
そして、横浜で多数の日本人に無料で医療を施すかたわら聖書の翻訳を志して日本語を研究し、『和英語林集成』という立派な辞書を出版します。そのうえで他の宣教師などと協力して実際に聖書の日本語訳の事業の中心的な役割を担い、教会形成にも尽力しました。またクララ夫人とともに日本青年の教育にも当たり、そのいわゆる「ヘボン塾」は現在の明治学院の起源となりました。
このようにヘボン博士は、近代日本文化の発展に絶大な貢献をしました。しかし時代が早くメディアが未発達であったことや、ご本人の謙虚な人柄、日本の急速な近代化などのため、『和英語林集成』のヘボン式ローマ字が広く知られているほかは、その業績が埋没してしまっているのはまことに残念なことです。著者の杉田幸子氏も本書の企画を持ちかけられたとき、「ヘボンてどなたですか」と尋ねたそうです。
七年前にイラストや写真をふんだんに盛り込んで『横浜のヘボン先生』の題で出版され、このほど装いを改めて再版されたこの本は、時代背景とともにヘボン博士の足跡を、だれにでもわかりやすく描いたものとして大いに推奨したい一冊です。