ブック・レビュー 『マタイによる福音書』
翻訳と説教

『マタイによる福音書 翻訳と説教』
中澤 啓介
日本バプテスト教会連合 大野キリスト教会牧師

私訳と注解が書かれたノートは、福音派の財産

 もう三十年も昔のことである。開拓伝道をはじめた頃、どのように伝道してよいか分からず、「暇で暇で仕方がないのですが」と泉田先生に尋ねたことがある。その時先生は、書棚から数冊のノートを取り出し、「聖書をしっかり学びなさい。やがてその学びが自分の働きの原動力になるでしょう。そのうち忙しくなるとそのような学びの時間は取れなくなる」と言われた。

 そのノートには聖書の私訳と注解がびっしり書き込まれていた。先生は、毎朝早く起き、私に教えてくださったことを実践しておられたのだ。その時受けた励ましは、それ以降の私の牧会生活を全く変えるものとなった。

 本書はそのノートに基づき、四十数年にわたってなされた説教が基になったものである。聖書本文の個人(泉田)訳、脚注、説教のためのアウトラインの三部から構成され、いずれも聖書を深く正確に学びたいと思う方々には大きな助けになるに違いない。

 特に泉田訳は、ギリシャ語原典に忠実であることと日本語としてこなれた文章に訳すという矛盾した作業を見事に克服している。名訳にぶつかり、うなったことしばしばである。

 説教のためのアウトラインは、当該箇所のメッセージが三つのポイントに手際よくまとめられており、実に便利である。個人で聖書を学ぶときにはもちろん、グループの聖書研究、あるいは牧師の説教準備にも不可欠の資料となるであろう。しかも、自分の歩みを一変させてしまうような機知に富んだ簡潔な名文が随所に出てくる。美しい格言のような表現である。脚注も的確で、便利である。

 紙数の関係で許されないことだったのだろうが、欲を言えば、個人訳のために払われた苦労の一端を紹介してくださったなら、さらによかったと思う。

 本書を皮切りに、新約聖書全巻の出版を期待したい。なぜなら、かの五十年間に蓄積された膨大なノートは、日本の福音派の共有財産であるから。