ブック・レビュー 『創世記を味わう1』
岩崎 謙
日本キリスト改革派 神港教会牧師
五節の深みに立ち入った渾身の一冊
本書は、創世記一章一節から五節までを解き明かす、著者渾身の一冊である。原語の意味の探究は、堅実な手続きを経て、まさに職人肌の学究の円熟さをもって進められている。また、専門書でありながら、ヘブル語の予備知識がない者を配慮して、分かり易く説明されている。著者は、「あとがき」で、新共同訳聖書では混沌と訳されている一章二節の言葉に関して、「『トーフー・ワボーフー』をそのまま何度も繰り返すのが最善と思っている。その感じが身に沁みた状態で『光あれ』とおっしゃる神の声を聞く」と述べている。この一文が、著者の思いを見事に要約している。ヘブル語本来の「オト」や「ヒビキ」に耳をそばだて、他言語には翻訳できない時制に注意を払い、原語で聖書と向き合う。そこで感じる何かに身を委ね、その感じが身に沁みてくるのを待つ。そのなかで、語りかけ給う神と出会うのである。そして、著者は、創世記の言葉から、主イエス・キリストご自身にまで思いを向けている。
また、本書の特質は、一八五頁から約五十頁にわたるキーワード解説に端的に表れている。一例としてア行を拾ってみると、「アリストテレス」、「一般相対性理論」……「ヴェルハウゼン、ユリウス」(批評学の学者)、「内村鑑三」、「ヴルガタ訳」、「英欽定訳聖書」と続いていく。この五節を理解するために、多様な翻訳にあたり、モーセ五書の文脈を考察し、聖書学の知識を導入し、時間の理解を巡る哲学論議に加わり、宇宙の成り立ちを説明する物理学とも心を開いて対話している。著者にとって御言葉を味わうとは、現代社会に通用するすべての知を総動員して行う知的な格闘作業を経て、達成されるものである。
さらに、著者は、ルター、カルヴィン等の諸説を丁寧に引用して、聖書の言葉が歴史的にどんなメッセージを発してきたかをたどっている。本書を通して、解釈作業は閉じられておらず、読者自身が自分で考えるように招かれていることを感じた。