藤原 導夫
日本バプテスト教会連合市川北教会牧師
真に価値ある書物を説教者へ
スポルジョンは本書の中で、真に価値ある書物の一冊を集中的に読むことを説教者に勧めている。「自分の持っている書物をマスターしてしまいなさい。それを完全に読み尽くしなさい。その書物の中に浸かって、書物が自分にしみ透ってくるほどにしなさい。読み、またくり返して読み、これを咀嚼し消化してしまうのである。書物をして自分自身の中に入り込むようにさせなさい」(二七〇頁)そのアドバイスを受けて、評者自身が読み続けてきた書物の一冊がスポルジョンのこの書物そのものであった。今や表紙は色あせてひび割れし、頁を開けば傍線や書き込みによって汚れ、本体そのものが分解してしまいそうな状態にある。神学校の説教学クラスでは、必ずスポルジョンと本書について語ることを評者は続けてきた。しかし残念なことに、かつてヨルダン社から出版されたこの書物は、今は手に入れることはできない。神学生たちに本書を薦めても、彼らはそれを図書館でしか読むことのできない状態が続いていた。そのような状況の中で、本書が装いも新たに再刊行されたことは喜ばしい限りである。説教者スポルジョンとその教えに触れることができるのは、読者にとって大いなる益となるであろう。しかし、本書の益はそれだけに留まらない。ドイツにおいて本書を編集出版した神学者であり、説教者でもあるヘルムート・ティーリケのスポルジョンについての紹介と解説は、優れた説教論である。それによってスポルジョンや説教についての読者の理解はいや増すであろう。さらに読者は本書を通して、訳者である加藤常昭という存在に触れる益を得るであろう。その訳文は原文のゆえか、時にはスラスラと読み進めないようなところもあるが、そこにおいて、かえってその文章の持つ深みへと不思議にも導かれていくようにさえ思わされる。訳者による「まえがき」「あとがき」は、ティーリケとスポルジョンを巡る説教学的観点からの優れた解説となっている。