ブック・レビュー 『望みの朝を待つときに』
 共に生きる世界を

『望みの朝を待つときに』 共に生きる世界を
飯島 信
公立中学校 教員
日本基督教団 新松戸幸谷教会員

アジアの「子どもたち」に日本の高校生とともに出会う

 わずか八十頁足らずの本書に満ちているのは、著者が出会ったこどもたち、そしてアジアに対する思いである。「人間の盾」となった木村公一牧師の報告から知らされた「本物のサッカーボール」を求めていたイラクの子ども、著者が教える高校の教室に来て話してもらった「性的虐待」を受けていたフィリピンの子ども、また生徒と共にワークキャンプで訪れたアジア学院など、その一つ一つの出会いに著者の心は揺さぶられる。

 そして、その揺さぶられた心をそのまま生徒にぶつけ、著者と同じ思いを持った生徒とともに自ら街頭に立ち、道行く人々に呼びかけるのである。

 恐らく誰もが経験する心動かされる出会い。しかし著者は、その感動を胸の内にしまいこむことはしない。著者にとっての感動は行動を生む確かな力となり、その力は高校生のみずみずしい感性をも捕らえていく。

 生徒と共に街頭に立ち、時にはその国まで足を運ぶ著者の行動力は、一体どこから生まれるのだろうか。恐らくそれは、著者の感動を分かち合い、一緒に涙することのできる生徒たちがいることである。

 アジアの「子どもたち」と出会う前に、著者は生徒たちと出会っている。その出会いは、教師と生徒という立場を越えた、信頼と尊敬に満ちた人間と人間の出会いなのだろう。だからこそ、生徒もまた行動に立つのである。

 今の時代にあって、本書が出版されることの意味は少なくない。第一に、本書に登場する高校生によって若い世代に対する希望が与えられたること、第二に、高校生の呼びかけにこれだけ多くの道行く人々が応えたという事実、そして第三に、この種の本を快く出版して下さるキリスト教出版社が存在することである。

 暗い話題ばかりが目立つ現今の日本社会に対し、本書は一筋の希望の光を与えてくれる。