木村 公一
福岡国際キリスト教会牧師
日本軍政下を生きた、母と娘の真実
植民地主義の時代、支配者は植民地住民の生命と財産の安全、および、治安の維持に責任を持たねばならなかった。一九四二年二月、太平洋戦争が開始されて間もなく、日本軍は当時のオランダ領東インド(現在のインドネシア)に侵攻し、かの地を「植民地」とした。東西五千キロメートルにおよぶ広大な「植民地」にはおよそ十万人のオランダ人が生活していた。そこに無数の抑留所が造られ、オランダ人をはじめとする「敵性外国人」たちは強制収容された。十歳以上の男性は婦女子から切り離され、労務者として強制労働に従事させられた。この本は、当時の日本軍の非道・残酷きわまりない統治の下で生き延びた幼き「抑留者」の物語である。著者ヘンリエッテは幼女時代、他の「敵性外国人」たちと同様、母と二人の姉妹と一緒にボゴールの抑留所に強制収容された。抑留者たちは毎日飢えと病と恐れに脅かされる日々を過ごす。鉄条網と竹の塀で囲まれた広大な敷地に建ち並ぶバラックでは、成人女性には幅六十五センチ、子どもには幅三十五センチの寝床が与えられただけであった。飢餓と病気が支配する状況のもとで多くの収容者が死んでいった。絶望的な日々の中で、なおも生き抜くことを教えてくれたのは、賢くも勇敢な母親であった。抑留所長タナカによって課せられた懲罰や恐怖に対しても、母は希望と信仰と愛によって向き合った。ヘンリエッテは、オランダ人の苦難だけでなく、インドネシア人の苦難にも触れている。さらに、日本への訪問を通して、戦争に翻弄された日本の民衆の苦しみにも共感する。だがこの本を読む現代の日本人は、過去の歴史と向き合い、オランダ人抑留者たちに加えられた暴力を記憶することによって、《戦後責任》を自覚することになる。この書は二十一世紀を生きる成熟した日本人を造り上げる最良の教科書の一冊となるであろう。最後に、素晴らしい訳文に仕上げてくださった訳者のタンゲナ鈴木由香里さんに感謝を申し上げたい。