ブック・レビュー レフトビハインド3『ニコライ』

レフトビハインド3『ニコライ』
安食 弘幸
日本キリスト宣教団 峰町キリスト教会 牧師

神学上の理由で「禁書」にするにはあまりに惜しい

 ヨハネの黙示録を初めとする数々の預言の書は来るべき人類の将来を教えてくれる。知りたいが、難解だからといって開かなかった方々に本書をお勧めする。

 本書は『レフトビハインド』『トリビュレーション・フォース』に続くものである。もちろん、この書の著者の終末論とは違う神学上の立場があることも知っている。しかし、それだけの理由でこの書を「禁書」にしてしまうにはあまりにも惜しい。

 再臨の信仰はキリスト者の信仰を励まし、希望を与える。それがどういう順序で起こるかということより、その日にどう備え、今日をどう生きるかが、はるかに重要なことである。

 2章で携挙に取り残されたロレッタという老女の告白は痛々しい。

 「……誰のせいでもない。わたしが悪かったのです。霊的な意味で耳が聞こえず、目も見えなかった。……この教会で死んだとき天国に行けそうな人のリストを誰かが作っていたなら、わたしの名前はそのリストの一番上に、牧師さんと並んであったでしょうに」

 12章と13章では、バックとラビ・ツィヨン・ベン・ユダがイスラエルから脱出する場面がある。その中で超自然的な主の守りの御手が動く。私たちの上にも同じ御手があることを覚えさせられ、大きな平安と喜びを感じる。

 15章にはブルース・バーンズ牧師の追悼式で彼がのこした説教ノートが紹介される場面がある。その内容は、大患難時代に起こることの要約でもあり大変興味深い。

 16章にある最高大神官ピーター・マシューズのことばには、今日のニューエイジ・ムーブメントがいきつく先の姿がハッキリ示されている。

 この書は、本当に献身すべきものを真剣に探し求めている人に、その答えを提供する。歯切れの良い文章は、まるで映画のスクリーンを見ているようで最後まで読者を飽きさせない。流れるような訳文に促されて一気に読破できる。