ブック・レビュー 中東の世界を生きたイエスの人生
石川葉子
日本オープン・バイブル教団 墨田聖書教会牧師夫人
教会の子ども会では、毎回絵本や紙芝居を読む。この絵本は読むのに三十分はかかりそうなので、宣言して始めた。
「今日は超大作だよ。イエスさまの人生をじっくり紹介するからね」。園児や小学生の目が集まる。
表紙はガリラヤ湖だ。聖書絵本シリーズの第一巻は暗闇に覆われていたが、最終巻には朝日が射し込む。イエス・キリストは光、人類の希望の物語を暗示している。
「早く、早く」と子どもたちがせがむ。
イエスの誕生。東方の博士や羊飼いなど、見慣れない中東の人々の顔に、一瞬誰かがくすり。でも、ページを繰るごとにみんなの表情が変わる。心の旅が始まった。絵本の力だ。イエスがそこに生きている。
画家の小林豊さんは、中東を長年旅し、人々の暮らしを慈しむ眼差しで絵本を描き続けている。丹念に取材をした細やかな絵が、まだ見ぬ聖書の土地に、読み手を一気に引き入れる。リズムのある言葉が流れを作る。
話し、歩き、微笑むイエス。私のイエスがここにいる。いつしか十字架の苦しみが自分のものになる。イエスを取り巻く人々の表情は、半信半疑から喜び、一転して失望、憤り。人の心の変わりやすさを見せられる。その中にも私がいる。ペテロの涙が痛い。イエスの顔を正面から描くことに、画家としてどれほど勇気が必要だろう。日本画材の岩えのぐには、原石を砕く過程が含まれる。人々に砕かれたイエスが一ページだけ姿を消す。十字架に架かった後、神殿の幕が裂ける場面だ。人間と神を隔てるものがなくなり、やがて復活のイエスが現れる。子どもたちの口元が緩む。
絵本の旅は終わり、心に種がまかれる。
教会の入口の絵本の棚には、長く読み継いでいきたいものだけを並べている。この絵本を目ざとく見つけた大人が、ゲツセマネで苦しみ、祈るイエスの姿に見入っているので声をかけた。「やりますか?」
近々、大人のために、この絵本の読み語りをすることになった。今度はどんな旅になるだろう。