ブック・レビュー 天が開けて
赤山講話の現代語訳がバックストン著作集第一巻として刊行された。正直に申し上げるならば、この本を紹介するのにふさわしい人が日本に大勢いる。にもかかわらず、この本の紹介を依頼されたとき断らなかったのは、神が日本に送られたバックストンという素晴らしい神の聖徒から、もっと学べとの導きを感じたからである。そして、それは間違いでなかったことをこの書物は証明してくれた。「赤山講話」は、明治三十三年に初版が刊行され、その後も改訂版が発行されていて、私の手元にも第四版がある。私自身、古い文章が嫌いなわけではないし、それには、何にも代えがたい重みがある。しかし、その一方で、より幅広い層のクリスチャンが、この講話を現代版で味わい、信仰がアップデイトされることを大いに期待したい。
松江、赤山でのバックストン師の講話集であるが、読み進めていくと、まさに「天が開けて」いくのである。バックストン師は、「真のイスラエル人ナタナエル」と題した講話の中では、「この集会に来られた目的な何でしょうか」と問いかけ、それは単なる兄弟姉妹の交わりの時ではなく、主イエスが、ナタナエルに「天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたはいまに見ます」と語られたように「今までに経験しなかった(天が開かれるという)神の恵みを味わいたいからでしょう」と会衆に語りかけた。そこに実際に集った会衆のみならず、この講話を読む中で、読者は、度々「天が開ける」という経験をすることになる。この講話には、ヨナ書の講話も含まれているが、そこでバックストン師は、「〈わたしたちの行くべきニネベ〉はどういう所でしょうか」と問いかけられる。これまで背を向けていたわたしたちのニネベに行きなさいとチャレンジを与えているのである。バックストン師の講話を通して、神の聖臨在に引き込まれ、御言葉のチャレンジを受け、そして、新しくされ遣わされるクリスチャンが起こされることを確信している。