ブック・レビュー 愛と信仰のタスキの継承

 『篠山のエステル  』
水野 雄二
神戸YMCA 総主事

著者・小嶋星子さんの本拠地である篠山市は、兵庫県中東部の豊かな自然に恵まれた山間にあります。御殿がたたずむ篠山城址と、「デカンショ節」で知られる古い歴史と文化に彩られ、「黒豆」に代表される自然の恵みのおいしさを誇る街でもあります。この地に嫁いで来られた著者が「篠山大嫌い!」から「篠山大好き!」へと変遷する人生の歴史が、この本にはつづられています。
突拍子もないことながら、私は本書を読んで、篠山市で毎年晩秋に開催される「兵庫県高校駅伝」を思い出しました。高校生ランナーが、全国大会をめざして秋の篠山路を駆け抜け、タスキをつないでいきます。苦しい山道を駆け上りながらも、汗と涙と友情のこもったタスキを前へ前へと押し進めていくのです。あるときには立ち止まり、また倒れこんでもタスキはつながなければなりません。
私は、著者もまたタスキを託されて、苦しい山道を走ってこられたランナーであったのではないかと思います。それは小嶋医院という地域医療の拠点の継承であり、またご両親から受け継がれたキリスト教信仰、そして何よりもご家族をはじめとした多くの人々への愛の継承ではなかったでしょうか。
「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」(Ⅰコリント10・13)
この聖句にあるように、著者の半生も多くの試練に遭い、苦闘の日々が記されていますが、同時にまた聖霊の導きによる「脱出の道」も豊かに備えられていた証しが示されています。今、試練に苦しむ読者がおられれば、必ずや希望と力を与えてくれる書になるのではないでしょうか。
しかし、神に祝福され恵まれた著者の人生を辿りながら、私は密かに何やらうらやましくも感じていることを白状しておきます。