ブック・レビュー 日本のキリスト教世界に潜む「病理」を鋭く指摘
本書は「怒り」と「憂い」の書である。
国連難民高等弁務官を務められた緒方貞子氏は、在任中の自らの原動力は「怒り」であったと言われたが、そこにはこの著者の怒りと共通するものがあるように思える。
本書の著者は、精神科医として、教育者として、またひとりのキリスト者として、長年にわたって日本のキリスト教界に、真摯に貴重な提言を続けてこられた工藤信夫先生であるが、この献身的な著者の取り組みにもかかわらず、我々のキリスト教界は、依然として自らの存在、あり方を問うことを怠り、多くの暴力を行ってきた。そのことに著者は心を痛め、悲しみ、いとおしいがゆえの憤りを感じておられるのである。
出版から四半世紀を経た同氏の『信仰による人間疎外』の続編としての本書は、日本のキリスト教の現状を再び「臨床」の目で厳しく見つめ直すことを通して人々の心の奥深くに問いかけ、ある種の決断を迫る。そのことにより、読者は思索の高みに引き上げられていく。さらに、日本のキリスト教世界全体を横断的、鳥瞰図的に見渡すという独自の観点から、著者は研ぎ澄まされた感性でその世界を見つめ、分析し、その中に潜む「病理」を鋭く指摘していく。その病理とは、キリスト者の道徳主義、律法主義、自己肥大、自己過信、自己欺瞞、選民思想、特権意識、驕り、支配的野心、仮想的優越感、神の名を借りた脅迫と宗教的暴力行為……等々であり、そこには遠藤周作氏のいう「善魔」の病に冒された我々のおぞましい姿が浮かび上がってくる。
本書は日本のすべての神学校・神学部の必修テキストに指定されるべき本である。また牧会者、信徒の方々にも自らの学びのため、ぜひ手に取っていただきたい。そこには必ず「驚くべき発見」がある。それらに気づいたとき、新しいキリスト教の世界が読者の目の前に広がることは間違いない。
『真実の福音を求めて
―信仰による人間疎外 その後』
工藤信夫 著
B6判 1,200 円+税
いのちのことば社