ブック・レビュー 鎧を脱いだホスピス医
葛井義憲
名古屋学院大学法学部教授、理事
細井医師は本書の中で「外科医としての上りの十八年間の後、二〇一四年春、ホスピス医としての下りの十八年間が終わった。そして、今や原点に還り(中略)これからは(中略)単なる『神の働く場』になっていけたら」(一五一頁)と記している。
細井医師との交わりは、愛知国際病院にホスピスが開設する一九九八年からであった。細井医師はその頃から預言者のごとく、ホスピスの充実・深化に努めておられた。
このホスピスへの尽力は、医師としての立ち位置を変更させるものであった。通常、医療従事者は患者の病気を治し、患者の苦痛を取り除くことに力を注ぐことを役割とする。しかし、患者もそれまで、多くの人々と一緒に働き、心身を燃やして日々を歩いてきた。また、悲しみや辛さをもって暮らしてきた。細井先生の言葉を用いるなら、「全人的」に生きてきた(五八―六一頁)。
患者は病に侵された存在としてだけでなく、これまでの生活の匂いをつけ、それぞれの人生を背負って医療者の傍らにいる。すると、病者を温かく迎え入れようと目指すホスピスは、病者の「全人性」に目を向ける。これは当然現れうる患者との関わり方である。患者に寄り添い、悲しみ、空しさ、不安の底から湧き上がる患者の声に耳を傾け、心を通わせ合って歩もうとする。ここには、通常、思い描く医療者と異なる姿がある。医師として必死に治癒に取り組む姿以外のものがある。患者と同じ、弱く、悲しい存在、苦しみ、悩む「一人の人間」として患者の傍らに身を置き、心を通わせ合う医師の姿がある。
細井医師はホスピスから医師としてのあり方を新たに示された。また、自らが腎がんになったことでがん患者さんと共苦するようになった。温もりある医療者として日々を過ごされる。
ホスピス医、クリスチャンである細井医師は死と親和性をもって自らを「神の働く場」(一四六頁)と自覚して今日を悔いなく生きる。細井医師のホスピスと信仰から紡ぎ出されたこの書は多くの人々に生き方を説く良書である。