今、海外宣教を問う さらに多くの宣教士を
酒井 信也
オペレーション・モービライゼーション日本 総主事
欧米からの献身的な宣教師によって多くの教会が開拓されてきた歴史を持つ日本では、宣教師の働きというと一般に、教会開拓・牧会の働き、というイメージを持つ人が多いようだ。しかし、今日の世界宣教の現場では実に多種多様な働きがある。
オペレーション・モービライゼーション(OM)という宣教団体の特徴の一つは、八十か国で宣教活動を行なっている約三千名の働き人のうち約半数が短期宣教師であることだ。つまり、通常二年間の短期宣教プログラムに参加している一般信徒なのである。
彼らは伝道チームの一員として宣教の第一線に立ち、宣教地の地域教会とタイアップして伝道に携わる。チームで伝道活動をすることにより、その構成員は数年毎に替わっても、長期にわたる働きを継続することができる。長期宣教師の指導のもとでその宣教地にあった伝道法を学び、実践する。
こうした短期の働き人を日本語で「宣教師」と呼ぶのは少し語弊があるようだ。「宣教師」というと、日本語ではどうしても教職者という意味を含んでしまう。しかし彼らは、いわば「宣教士」とでも呼ばれるべき存在だ。
宣教士として一般信徒の立場で世界宣教の第一線に立ち、異文化環境での伝道経験を通して世界大のビジョンを与えられていくとき、彼らはごく自然に、次のステップとしてフルタイムの働きへと進んで行く。OMはその四十数年間の歴史の中で世界中の約十万人の人々に短期宣教訓練を提供してきた。その中で多くの人々が召しを受け、現在は牧師、宣教師として活躍している者も少なくない。
私の妻エメリータもそのように導かれた一人だ。彼女はフィリピンから一般企業を辞してOMに参加した。会計士としての資格を生かしてヨーロッパのOM国際事務局で奉仕する傍ら、フィリピン人教会の開拓に携わった。その三年間の働きを通して宣教師への道が示され、次のステップとしてカナダのプレーリー神学校へと進む。そこで私と出会い、日本へと導かれることになった。それにしても短期宣教プログラムに参加する若者のうち、その後に聖書学校や神学校に進む者は多い。
…〔中略〕…
かつてキリスト教国であったヨーロッパ諸国では、世俗化により急速にクリスチャンの数が減り、逆に移民によって急速にイスラム教徒の数が増えている。東欧やロシアに劣らず、西ヨーロッパでも宣教師が必要とされているのだ。このような世界情勢の中で、宣教師の派遣国、受入国という区別がなくなってきている。世界中の教会が互いに励まし合い、助け合うことを必要としている時代なのではないだろうか。
しかし、協力すべき地域教会が存在しない国も多い。北アフリカや中近東の保守的なイスラム教国では、トラクト配布はおろか、一切の伝道活動が禁止されている。そこでは個人的に信頼関係を築き上げた人物でなければ、証しすることすら危険な場合がある。友人となり、福音を伝え、信じたとしても、安易に現地人信者の集まる地下教会に紹介することはできない。当局が送り込んだスパイである可能性があるからだ。細心の注意を払っても、密告され、何の説明もないまま逮捕、国外追放となるケースも多い。まさに時間をかけて一人一人を導いていく、地道で根気のいる働きだ。
このような国へは、専門職としての宣教師として入っていくことは当然不可能だ。テントメーカーとして、ビジネスマンや技術者、あるいは学生という身分で行く必要がある。日本のクリスチャン・ビジネスマンにはまさにうってつけの宣教活動だと思うのだが、どうだろうか。ビジネスや技術を生かしてこのような国へ出て行く人が日本からも起こされないだろうか。
今の時代、文字通り世界中どこの国へ行っても、日本製品があふれている。日本のビジネスマンが、お金を求めてまさに地の果てにまで製品を売るため飛んで行っているのだ。しかし日本のクリスチャンが救霊のため出かけている国はどれほどあるだろうか。私の夢は、いつの日か、日本のクリスチャンが、失われた魂を求めてまさに地の果てにまで福音を伝えるため、世界中のあらゆる国で活躍するようになることだ。そのためには、世界宣教というものを一握りの宣教師に頼っていてはならない。伝道とは一般信徒によってなされるべきものだからだ。それは、国内であっても、国外であっても同様だ。日本からも多くの宣教士が起こされ、やがてそれが日本のリバイバルへとつながっていくことを祈らされている。