四季の庭から 11 あかね空
森住 ゆき
日本福音キリスト教会連合 前橋キリスト教会会員
裏山を、大きな熊手を使って数日がかり。家族総出で集めに集めた裏山の木の葉は、山の端の崖下にかき落とす。最後の最後、その真っ只中にダイビングするのはとっても気持ちよかった。トトロの上に飛び降りたメイちゃんは、あんな気分じゃなかろうか(アニメの話です)。
民話の世界では、木の葉は無価値の代名詞だけれど、木の葉も土も、今は多くの人がホームセンターの園芸用品売り場で買う。ただの水が、ただではなく、日本でも商品として売られ始めてたじろいだけれども、今や近隣のスーパーマーケットにはどこも必ず美味しい水を提供するマシンが置かれている。泉は深閑とした森にではなく、リノリウムの床の上にあり、お客さんは毎日マイボトル持参で汲みに来るのだからグリム兄弟もびっくり、かな。
家庭用の健康機器メーカーで開発の仕事をしている夫の友人の話だと、これからは「酸素」だそうだ。ほんまかいな。でも、例えばベランダや物干し竿を拭いた布をまじまじと見る時、季節の変わり目にレースのカーテンを洗う時、私たちはこの先想像もできないようなものを必要とするようになるのでは、と思えてくる。
秋の空は高く青く澄んで、彼方からじっとこちらを見つめ返すような視線を感じる。晴天の一日が燃え尽きたようなあかね色の夕暮どきは、その瞳が少し泣いているような気がする。