弱さとともに生きる
―インタビュー・スペシャル! ◆病人としてではなく、「自分らしく」生きる
昨年の十月、『住めば都の不自由なしあわせ』が出版された。著者は、ALS(筋委縮性側索硬化症)を患う西村隆さんと、その妻、宮本雅代さん。病気の中にあっても、互いが「自分らしく」生きられるようにと、夫の傍らで「日常」を大切にしてきた雅代さんにインタビューをした。
「西村」と「宮本」の二つの表札が並んでいる西村家の玄関。二人は、結婚当初から夫婦別姓を名乗ってきた。
「最初から、互いにフィフティー・フィフティー(五分五分)でやってきました。そういう土壌があったから、病気があろうがなかろうが、わが家の方針は『男は家、女は外』です」と、笑いながら語る雅代さん。
一九九〇年、二人は結婚。雅代さんが外で働いて充実した時間を過ごすことを望んでいた隆さんは、兵庫で初めて男性で育児休業を取った「イクメン」でもあった。
*結婚から七年後、隆さんが三十七歳の時にALSを発症。「ALSという病気自体は知らなかったけれど、がんとかとは違う、手のほどこしようがない大変な病気ということだけは、漠然とわかりました」
最初に告知を受けたのは雅代さんだった。ご主人にこの病気を伝えますか、という医師の言葉に、本人に告知することを決断する。その背景には、自身の父親を看取った経験があった。
その当時、がん末期であっても本人に告知しないのが主流だった。雅代さんの父親も、最後まで病気を告知されずに亡くなった。告知しないことで、ある意味、本人はがんばれるのかもしれないが、家族にとっては、どんどん衰え、弱っていく姿を見て、隠し通すのがつらかったという。
「私一人で抱え込むのもしんどいし、隆さん自身は柳のようにしなるけど、決して折れはしないことを見通していましたので、最初から伝えました」と雅代さんは語る。
*「病気がわかってからの数年間は、私たちも子どもたちも、とてもがんばっていた時期でした。家族六人全員がガチッと結ばれ、私たち家族はこんなに強い絆で結ばれています、という感で覆われていました」
『神様がくれた弱さとほほ笑み』(二〇〇四年、いのちのことば社)はその集大成のようなものでもあった。夫の隆さんが本を出した時は、「あの時期としては、一番いい時」だったという。
それから十年を経て、四人の子どもたちもそれぞれ成長し、自分たちの道を見つけて歩みだし、一つのユニットではないけれども、枝としてゆるやかに結ばれている関係に変わっていった。その十年間を振り返り、「あまり物事に執着しなくなった」という雅代さん。「以前は、子育て、家事、仕事、なんでもがんばろうとしていたけど、いまは何もがんばらなくていいんだなと肩の力が抜けています」
三男の止揚くんは、先天的な障がい、ダウン症があった。「止揚の成長を見守るうちにしゃかりきになって子育てをしていたつもりでも、親(社会)の価値観を押しつけていたことに気がつきました。まず、ありのままの姿を認めて尊重することの大切さを痛感しました(もちろん、今でも葛藤はありますが)。すると『はりねずみ』になっていた子どもたちが針を立てなくなって、生き生きしだしました」
隆さんの介護においても同じことが言える。「昔はきっちりと介護し、食事もすべて手作りで、毎日隆さんに細心の注意を払っていました」
その中でわかってきたことは、「家族にまさる介護者はたくさんいる」ということだった。「家族だとどうしても私情が入ってくるから、力を抜いて自然体の介護を目指しました」
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結婚当初から、よく姉弟に間違えられるほど似た者夫婦だった二人。今ではさすがに間違えられることはないというが、それ以上に「難病と闘う夫とそれを献身的に支える妻」に間違えられるのがいやだ、と雅代さんは言う。
隆さんが発病したことは家族の重大な危機だったが、今までの生活すべてをリセットしたり、新しい家族のあり方を探したりする必要はなかった、と雅代さんは『住めば都の不自由なしあわせ』の中で記している。
「今までどおりの日常生活を続ける中でしか、隆らしい生き方の舞台はありません。そう確信してから、隆を病人扱いせずに、私たちにとって一番自然で気持ちの良い距離、関係を保つことを大切にしました。それは、抱きしめて一緒に泣くことではありません」お互いに「自分らしく生きる」ことを大切にし、パートナーとしてほどよい距離、関係を築いてきた隆さんと雅代さん。本の最後に、雅代さんはこう記している。
「隆は数えきれないものを失ってきて、これからも失い続けることでしょうが、私は安心して見ていられます。隆は少しも変わらずに『パートナー』として居続けてくれます」
*『住めば都の不自由なしあわせ』
西村隆、宮本雅代共著
1,300円+税
ALS(筋委縮性側索硬化症)…運動神経が障害されて筋肉が萎縮していく進行性の神経難病。身体の自由だけでなく、話すことも食べることも、呼吸することも困難になる。