往復メール kei 最終回 バーバラ・ヘンドリックス
那須 敬
国際基督教大学 社会科学科助教授(西洋史) JECA 西堀キリスト福音教会会員
一口にゴスペルと言っても好みはいろいろあって、今風のおしゃれなサウンドが好きな人も、古くさいソウル好みの人もいる。でもバーバラのCD『Negro Spirituals』は、ぜひ聴いてみてほしい一枚だ。よく知られた黒人霊歌が並んだ教科書的な選曲だけれど、聴けば聴くほど、他に例のない変わったアルバムだとわかる。
オペラ歌手だが白人とは発声が違うし、かといってゴスペルお馴染みのシャウトは出てこない。クラシック出身のロシア人ピアニスト(ドミトリ・アレクセーエフ)の演奏は、繊細で躍動感に満ちているがまったく「黒く」ない。時代も、ジャンルも、人種の匂いも感じない、言ってみれば期待を裏切るゴスペル音楽。にもかかわらず「Nobody Knows The Trouble I’ve Seen(誰も私の悩みを知らない)」といった、単純な歌詞の一つ一つが、圧倒的な説得力で聴く者の心をゆさぶる。
商品経済の中に生きる僕たちは、聴く音楽の種類に限らず生活全般において、自分が選択するものがどんなジャンルに属するか、つまり「○○っぽい」かばかりを考えるようになってしまった。食事をするのに、照明やインテリアの雰囲気とか、他の客の服装を見てレストランを選ぶようにね。
でもこれを教会でやってしまったら残念だ。「ゴスペルっぽい」盛り上がりを期待してゴスペル・ワークショップに参加していないだろうか。キャンプに行く時には、キャンプ特有の「あの」感動を、イベントや集会には高揚を、あらかじめ自分で予定していないだろうか。しかし、もし「期待どおり」の体験ができたのなら、実はそれだけでしかないのかもしれない。
バーバラの歌は、ほんとうに大切なもの、ほんとうに普遍的なメッセージは、人が期待するパターンを裏切り、飛び越えて届いてくる、ということを思い出させてくれる。そう、人間の考えを見事に裏切って、僕らの心をつかんだのは、イエス・キリストだったね。