恵み・支えの双方向性 第15回 人間力

柏木哲夫
淀川キリスト教病院理事長

医療、看護、介護、福祉、カウンセリングなど専門的に人をケアする場合だけではなく、私たちは親として、友人として、仲間として人をケアすることが必要になる場合もあります。ケアを提供するためには、人間としての力、すなわち人間力が必要になります。人間力とはどんな力でしょうか。私のこれまでの精神科医、ホスピス医としての臨床経験と個人的な人生経験をもとにして、私が考える十の人間力について述べたいと思います。

①「聴く力」
良いケアを提供するためにまず大切なことは、人の話をよく聴くことです。「きく」という動詞は「聞く」と「聴く」では大きな違いがあります。「聞く」には耳だけしかありませんが、一方「聴く」には耳だけではなく、心もあります。それは個人的な関心を持ってしっかり聴くということであり、Active Listening(積極的傾聴)という言葉もあります。

②「共感する力」
共感する力とは、「この人には自分のつらさが伝わった」と思わせる力です。共感する力には個人差があり、自然にできる人もいれば、それがとても難しい人もいます。
私自身の場合は、臨床の場において末期の患者さんに接するとき、共感的な態度で接するために「入れ替え」を行うように意識しています。回診の時に寝ている患者さんの横に座り、自分のイメージの中で自分がベッドで寝ていて、患者さんがイスに座っていることを考えます。そうすると、患者さんが医師からどんな言葉をかけてほしいのかがわかります。同じことが仕事にも適用でき、部下と話をするときには、部下と自分の立場を入れ替えることにより、その部下に対する「共感力」が高まると思います。

③「受け入れる力」
その人全体をそのまま受け入れることはとても難しいことです。しかし、自分がそのまま受け入れてもらえたと感じることができたときの嬉しさは特別です。それは助言や励ましよりも大きな慰めを与えてくれます。

④「思いやる力」
職場の中で、「あの人は思いやりがない、もう少し思いやりがあればいいのに、それがないのが一番つらいのです」というようなことをよく聞きます。私自身が新米の医者として働いていたとき、現場の大変さを先輩の医者が思いやってくれないというつらい経験をしたことがあります。接する人の大変さを思いやる力は、人間力の中でも大切な力です。

⑤「理解する力」
なぜこんなことでこれほど悩むのかと思える人がいます。しかし、その人のこれまでの生活歴を知ると、その悩みを理解できることがあります。そして、その悩みがその人の責任外で起こったことに起因している場合があります。人は自分の責任外で起こったことを引きずりながら生きていくものなのです。

⑥「耐える力」
ケアには忍耐力が必要です。なかなか好転しない状況を文字どおり耐え忍ぶ力が要求されます。

⑦「引き受ける力」
関わりを持った人が抱えている問題がとても複雑であったり、その人自身が大変な人であったりすると、そこから逃げ出したくなることがあります。そんなとき、人間力としての「引き受ける力」が必要になります。

⑧「寛容な力」
仕事において大変な状況で寛容な力を出すことは非常に難しいのですが、心が広い、赦せる力を持っていることは大切なことです。

⑨「存在する力」
「存在する力」とは「逃げ出さない」という意味であり、「自分は逃げずに、このことに関して一緒に考える。何かあればいつでも呼んでください」ということです。「存在する力」を、私が好きな英語の表現で言うと“I’m available”です。

⑩「ユーモアの力」
この「ユーモアの力」を人間力に加えるのは私独特の考えからかもしれませんが、とても大切なことだと考えています。ドイツ語のユーモアの定義に、「~にもかかわらず笑うこと」「愛と思いやりの現実的な表現」とあります。病院という職場で大変な状況にもかかわらず笑うことは難しいけれども、「愛と思いやりの現実的な表現」を実践することにより、職場の雰囲気が非常に良くなります。